美術館について About MoMAK
建築について
平安遷都から1300年つづく京都のグリッド。あるいは明治時代に建てられた平安神宮を軸にした左右対称の岡崎公園。
その姿を転写するかのように、京都国立近代美術館の壁面は、ポルトガル産の花崗岩のグリッドと、
対称性をもった正面のデザインによって、京都の歴史を浮かび上がらせています。
当館の設計は、建築家・槇文彦氏が担当しました。1986年に竣工してから30年余り、実に300近い展覧会が行われてきました。
展覧会もさることながら、この美術館の建築見学を目当てに訪れる学生や建築家も少なくありません。
それでは、美術館の魅力を、その歴史を紐解きながらお伝えしたいと思います。
旧館から念願の新館へ
京都国立近代美術館は、国立近代美術館の京都分館として、1963年に設立しました。
オープン当初は、京都市勧業館(現在のみやこメッセの前身)の別館を美術館として改修して開館しました。
この建築は京都にも甚大な被害をもたらした、室戸台風からの復興建築として寄付を募り、「商品陳列所」として建設されたものです*1。
もともと美術館として建設されたものではありませんが、京都の産業振興を図り工芸品を陳列していたという経緯から、この場所が選ばれたのかもしれません。
しかし美術館として運用をはじめると、展示室の一部を仕切って収蔵庫にするほどに狭隘な状況が続いていました。
そのため新館建設の機運も高まり、1973年には建築家の槇文彦氏が選定、10年余りの計画期間を経て現在の京都国立近代美術館が誕生します。
*1:『京都市公會堂勸業館復興事業協賛會関係資料』京都市公會堂勸業館復興事業協賛會 [編]、1935 より
街の顔をつくる建築家・槇文彦
建築家・槇文彦氏は、建築界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞や、国際建築家連合ゴールドメダルを受賞した世界的に知られた建築家のひとりです。 その代表作には、国内での処女作であった名古屋大学豊田講堂をはじめ、スパイラル(東京・青山)、フォー・ワールド・トレード・センター (アメリカ・ニューヨーク)があります。また、30年近い時間をかけて代官山のイメージをつくりかえた代官山ヒルサイドテラスは、 街の姿を建築によって変えたプロジェクトでもありました。槇氏の仕事はつねに、都市の歴史や文化と対峙し、その街の顔をつくるものでした。
平安神宮の大鳥居よりも低く!景観への配慮
当館の位置する岡崎公園は、もともと明治時代に内国勧業博覧会の会場として整備されたものです。
こうした経緯もあり、京都の文化エリアとなり琵琶湖疏水でぐるりと囲まれた自然豊かなこの場所は、その景観を守るため風致地区にも指定されています。
そのため、この公園内の建築は平安神宮の大鳥居よりも高く建てることが許されていませんが、さまざまな設計の工夫で、開放的な建築となっています。
たとえば、2階の面積を抑えることで、高い天井のエントランスやロビーが設けられています。
また、美術館に入って正面の大階段は、天井から太陽光がはいるトップライトも設けられています。
さらに奥のロビーからは疏水を見渡すことができる大きなガラスが連続しています。
また、美術館の四隅にはガラス張りの階段室が設けられています。
作品の保存上、展示室には外からの光を取り込むことは許されませんが、展示室から一歩外に出れば、また気分を変えることができる外の景色がひろがっています。
こうした設計の工夫が、この建築の特徴でもあります。
石とガラス、鉄素材のマチエール
美術館は、石にガラス、鉄とさまざまな材料にあふれています。外壁を構成しているのはポルトガル産の花崗岩です。
グレーの質感が印象的な外見ですが、中に一歩足を踏み入れれば、一転し白い大理石の空間に包まれます。さらに歩みをすすめ、
大階段に目をうつすと、鉄とガラスの組み合わせで出来た手すりが現れます。
また、階段室には朱色やグレーに彩られた柱があるのにお気づきでしょうか?
設計者の槇氏は「一見デ・スティール的(デ・ステイル)な世界をつくることを意図している」*2 と語っています。
当館にも、デ・ステイルを牽引したピエト・モンドリアンによる《コンポジション》(1872-1944)が所蔵されています。
こうしたモンドリアン的世界を体感できる場所にもなっています。
*2:「京都国立近代美術館」新建築、1987年1月号
光を和らげるガラスのスクリーン
透明なガラスと、乳白色の不透明なガラス。美術館の窓には二種類のガラスが使い分けられています。 それによって、切り取られる外の風景、また取り込む太陽の光を和らげて直射日光から美術館の中を守っています。 この不透明なガラスは、白いグラスファイバーを挟み込んだ特殊なガラスで、その様はまるで日本の障子のようでもあります。
美術館を演出する家具
当館のいたるところに、美術館のためにデザインされた家具が点在しています。
たとえば、コレクションギャラリーのまえには、リボンのように真ん中のすぼまった、むらさき色のベンチが置かれています。
これは、家具デザイナー・藤江和子氏によるものです。
当館のために設計されたこれらの家具は、現在、広く世界で活躍される藤江氏の、もっとも早い時期のものでもあります。
ほかにも、ショップやカフェのカウンター、あるいはインフォメーションの楕円形のテーブルなど、美術館の空間を彩る家具が溢れています。
自由な使い方を受け入れてくれるロビーの空間
京都国立近代美術館は、竣工して30年余が経ちますが、展覧会だけではなく、演奏会やダンスパフォーマンスなど、さまざまなイベントを受け入れてきました。
美術館の役割も、多様化するなかで、こうした自由な使い方を許容してくれる場所は非常に貴重です。
琵琶湖疏水をながめるロビーの空間が用意されていることが、当館の印象を強く感じさせてくれるものになっているのではないでしょうか。
(当館特定研究員・本橋仁)