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京都国立近代美術館研究論集 CROSS SECTIONS Vol. 11 (2024) 京都 : 京都国立近代美術館, 2008–ISSN 1883-3403 Vol. 11

序文

 京都国立近代美術館研究論集『CROSS SECTIONS』は回を重ね、このたび第11号の刊行となりました。本誌の創刊は2008年5月、今から16年前となりますが、その巻頭で当時の岩城見一館長が述べているのは、当館の活動に伴う平素の研究、教育普及、国際交流などの成果を報告し、それによって文化の諸断面に光を当て、更なる議論のきっかけにするという目的でした。そしてこの論集を単なるかたちだけにとどめないために、掲載される研究成果の質を保つ一方で、美術館においてこそ可能となる新しい情報を提供することを付け加えています。さらに館外にも門戸を開き、広く近現代美術芸術に関する研究をサポートすることを重視する姿勢も打ち出しています。

 ところで現在の美術館現場は、どのような状況にあるのでしょうか。残念ながら現実は事業優先とならざるを得ず、発刊の意図を引き継ぎ、美術論議を活発化するまでの余裕がないのが現状です。今号には査読付き論文がなく、当館研究員の論文が「調査報告」と「キュレトリアル・スタディズ」各一編となったのはそういう事情にもよるのです。とはいえ、傍で見ている私には、彼らが目の前の業務に追われながらも、貴重な時間を割き考察を重ねていることが分かります。今号には間に合わなかった論文が次号以降に掲載され、日頃の研鑽が新しい論考へとつながることを期待しています。

 以下、今号の内容を概観いたします。まず調査報告では、当館副館長・学芸課長の池田祐子による「ドイツにおける印象派の受容」についての論考です。ドイツ近代美術の研究者としての蓄積をもとに、フランス印象派がどのように受け入れられ、歴史的にどう位置付けられたか、明解な文章でつづられています。中でもコレクターによる役割が語られるくだりは、一昨年、当館で開催した「ルートヴィヒ美術館展」につながるもので、興味のある方には、池田が同展カタログに寄せた「近代美術館とコレクターの関係」を一読されることをお勧めします。続く鈴木禎宏氏による寄稿は、当館所蔵のバーナード・リーチの《素焼着彩人形》をめぐる考察であり、リーチにとってやや異色ともいえるこの作品を分析すると共に、当時の玩具趣味から新しい交友と広がりの可能性までを示唆されています。

 外部寄稿の二人目は、鈴木隆氏です。昨年当館で開催した「甲斐荘楠音の全貌」展に協力いただき、2本の論述を寄せられました。まず「旗本甲斐荘家の研究」は、幕末から明治初期に幕府旗本・甲斐荘家が生き残りをかけて「華族」となるべく請願を行ってきた顛末を跡付けられ、異才の美術家・甲斐荘楠音の出自を知る労作となっています。続いて「昭和12、13年の甲斐荘楠音」は、楠音が日本画から映画に軸足を移す前の、いわば空白期間の生活ぶりの一端を、兄・楠香から送られた書簡を読み解くことにより明らかにされたもので、今後の研究につながることを願っています。もう一人は前号に続き寄稿いただいた中川克志氏で、今回は「神戸ジーベックホール」を取り上げています。同ホールは1990年代の関西における音響芸術の拠点の一つであり、その機関紙『Sound Arts』から、当時の関西の「サウンド・アート」の状況に迫ろうとするものです。

 最後のキュレトリアル・スタディズは、当館主任研究員の大長智広が、2021年11月から翌年1月にかけて行った展示「八木一夫の写真」のレポートです。前衛陶芸のパイオニアとされる八木は、制作活動の一方で膨大な数の写真を残しています。このたびは八木家の悉皆調査によって確認された中から100点を選び、知られざる一面を紹介する機会となりました。

 『CROSS SECTIONS』は、当館の活動の一つの柱である研究考察を形にし発信することで、京都国立近代美術館の使命の一つを果たそうとするものです。先ほども触れたように、現在の日本の美術館は事業が優先され、多くは経営に苦しんでいます。しかし私共は、何としても戦後日本社会が育ててきた近代美術館というシステムを守り、多くの人々に愛され支持される美術館であり続けるために努力する所存です。これからも当館が京近美らしい活動を継続出来るよう見守りいただき、ご支援、ご批判をお願いする次第です。

2024年3月
福永 治(京都国立近代美術館長)

内容

■調査報告

ドイツにおける印象派受容とその展開

池田祐子(京都国立近代美術館 学芸課長)

旗本甲斐荘家の研究

鈴木 隆(高砂香料工業 特別勤務員)

《昭和十二、十三年の甲斐荘楠音》

鈴木 隆(高砂香料工業 特別勤務員)

日本におけるサウンド・アートの系譜学:
神戸ジーベックホール(1989-1999)をめぐって:その1――『Sound Arts』誌(1992-1998)の場合――

中川克志(横浜国立大学 准教授)

バーナード・リーチ初期作品の研究:京都国立近代美術館所蔵《素焼着彩人形》について

鈴木禎宏(お茶の水女子大学 教授)

■キュレトリアル・スタディズ15:

八木一夫の写真

大長智広(京都国立近代美術館 主任研究員)