キュレトリアル・スタディズ07
 日本近代絵画と浮世絵−鏡としてのジャポニスム


期間
2014年9月3日(水)〜 11月30日(日)

展示作品
キュレトリアル・スタディズ07
日本近代絵画と浮世絵−鏡としてのジャポニスム 展示目録



加藤源之助《三条大橋》1904年

 明治維新後、日本の近代化の一環としてこれまでの伝統的画法とは異なる油彩画・水彩画、つまり(西)洋画の技術を教えるために工部美術学校が設置されたのは、1876(明治9)年のことです。そのとき西洋では、1862(文久2)年の第2回ロンドン万博を経て、1867(慶応3)年のパリ万博に幕府、薩摩藩、佐賀藩が正式に参加することでジャポニスムに一気に火が点き、1873(明治6)年のウィーン万博でその影響が決定的になっていました。産業革命後の社会構造の変化に伴い、新しい美術の在り方を模索していた西洋各国における日本美術の「採用」は、印象派や唯美主義の絵画そしてアール・ヌーヴォーのデザインを生み出すことになります。このような西洋における日本美術への熱い眼差しは日本にも報告され、日本の伝統的美術の保護やその教育の重視という流れを生み出す一方、洋画を学ぶ人々には、日本における「西洋の美術」はどうあるべきかという問いを突きつけることになりました。
「キュレトリアル・スタディズ07」では、「日本近代洋画と浮世絵−鏡としてのジャポニスム」と題し、自らの存在意義に関わるこの問いに洋画家たちがどのように取り組んだかを、「浮世絵」を媒介に考えます。西洋の芸術家たちに日本美術が与えた新たなインスピレーションはさまざまですが、ここでは「浮世絵」からの影響が特に顕著な画面における構図に注目します。なかでも特徴的な4つの構図、つまり「橋」「舟」「木立」「髪梳き」、について、典拠となる「浮世絵」、「浮世絵」の影響が想定される「西洋絵画」、そして「浮世絵」と「西洋絵画」の両方ないしはどちらかのみからの影響が想定される日本の「洋画」、という3つの事例を挙げてご紹介します。
 日本の初期の洋画家たちは、浅井忠のように、伝統的絵画やその画法に精通していた人物も多く、彼らの作品における「浮世絵」的構図が、「浮世絵」そのものを典拠にしているのか、ないしはその影響を受けた「西洋絵画」を媒介として受容されたものなのか、明確にすることは難しく、ここでご紹介する影響関係は単なる一例にすぎません。しかし当時の洋画家ひいては日本の芸術家たちがジャポニスムをどのように受けとめ、咀嚼したのかという問題、つまり「ジャポニスムの還流」の問題は、現在の日本の文化が「Cool Japan」として海外に広まる(広められる)ことをどのように日本にフィードバックするか、という問題意識に繋がっています。今回の企画が、そのような今日的アプローチに向けた出発点となれば幸いです。


企画:池田祐子(当館主任研究員)、平井啓修(当館研究員)
学術協力:高階絵里加(京都大学人文科学研究所准教授)


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