作家略歴

高橋秀 たかはし・しゅう

1930年(昭和5)−

1930年 広島県に生まれる
1950年 武蔵野美術学校入学、半年で退学
1951年 独立美術協会第19回展(東京都美術館)出品、入選
1961年 独立美術協会第29回展(東京都美術館)出品、独立最優秀賞受賞
第5回安井賞候補新人展(ブリヂストン美術館)出品、安井賞受賞
1963年 「現代絵画の動向」展(国立近代美術館京都分館)出品 イタリアに渡る
1968年 第8回現代美術展(東京都美術館)招待出品、T氏賞受賞
1976年 ヴェネツィア・ビエンナーレ`76に出品
1987年 芸術選奨文部大臣賞受賞
1988年 第20回日本芸術大賞受賞
1989年 (-1990年)「高橋秀展」
(広島市現代美術館、京都国立近代美術館、倉敷市立美術館)
1993年 「高橋秀・ローマ30年展」(ローマ国立近代美術館)
1994年 紫綬褒章受章
2003年 (-2004年)「『黄金の魂』高橋秀絵画展」(ジェノバ市東洋美術館、エドアルドキオッソーネ美術館、倉敷市立美術館)
2004年 帰国
2005年 山陽新聞社賞受賞

 20歳で武蔵野美術学校に入学するが通学費が続かず途中退学、小出版社に走り使いとして勤務。1951年に独立美術協会の縁川広太郎邸に居候し、制作の手ほどきを受ける。この年、独立美術協会第19回展で初入選。以来受賞を重ね、1963年イタリアに渡り、以降ローマで制作を続ける。1966年頃から整形したカンバスを明快な色調のアクリル塗料で着色するスタイルに至る。自然発生的イメージから展開した有機的形態と数種の限られた色彩により、心理的含蓄のある自由な空間イメージを生み出す。1995年から倉敷芸術科大学教授を務めるかたわら精力的に制作活動を展開し、2004年、41年暮らしたイタリアを引き上げ倉敷に住まいを移した。また、全国高校生現代アートビエンナーレ、倉敷現代アートビエンナーレ・西日本等を立ち上げ、地域芸術文化の普及に関わる。山陽新聞夕刊に「一日一題」、日本経済新聞に「私の出会ったイタリア美術十選」が連載で掲載された。当館では1990年に個展を開催しており、≪受胎告知≫(1970)、≪ゴールデンボール≫(1972)など20点以上の作品を所蔵している。


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