作家略歴

関根勢之助 せきね・せいのすけ

1929年(昭和4)− 2003年(平成15)

1929年 東京に生まれる
1951年 京都市立美術専門学校西洋画科研究科修了
1954年 第22回独立展出品(以降第30回展まで出品)、初入選
1959年 第11回京展出品、市長賞受
1960年 「ゼロの会」結成
1962年 丸善石油美術奨励賞佳作賞受賞
1963年 「現代絵画の動向」展(国立近代美術館京都分館)出品
第2回丸善石油美術奨励賞選抜展、佳作賞受賞
1964年 「現代美術の動向 絵画と彫塑」展(国立近代美術館京都分館)出品
1965年 個展(資生堂ギャラリー、東京)
1967年 京都市立美術大学西洋画科講師となる
1973年 関根勢之助作品展(ギャラリーココ、京都)
1976年 京都市立美術大学教授に昇任
1985年 個展(galarie16、京都)
1994年 京都市立美術大学教授退官
2000年 京都市文化功労者となる
2003年 急性心筋こうそくのため74歳で死去

 京都市立美術専門学校(現京都市立芸術大学)西洋画科研究科を修了した翌年、第22回独立展に初入選、1962年の第30回展まで出品を続けるが同年退会し、以後は無所属で活動。1960年、仲間とグループ「ゼロの会」を結成し、1971年まで展覧会を開く。1963年より京都市立美術大学工芸科非常勤講師を務め、上野伊三郎、リチ夫妻主催のインターナショナルデザイン研究所でも教鞭をとる。1963年当館開館記念展につづき翌年の「現代美術の動向 絵画と彫塑」展にも出品し、勁直な描線と浮遊しているような色面からなる作品を発表。1965年資生堂ギャラリーで個展を開き、以降は主に京都、大阪を中心に個展を開催する。この間1970年に、京都市立美術大学助教授となり、1976年に教授に昇任、学生部長などを歴任し、新たに設けられた構想設計研究室の基盤をつくる。京都工芸繊維大学、立命館大学国際関係学部など京都の他大学でも教え、1997年京展審査、京都アートセンター検討委員、京展委員なども務めた。当館では、1963年の開館記念展にも出品された不安な扉(1962)をはじめ、六月の声(声)(1964)、彼方へ(1964)などを所蔵している。


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