京都国立近代美術館では、見える・見えないに関わらず誰もが楽しめる作品鑑賞のあり方を探る「感覚をひらく―新たな美術鑑賞プログラム創造推進事業」を行っています。2020年度からは作家(Artist)、視覚に障害のある方(Blind)、学芸員(Curator)がそれぞれの専門性や感性・経験を生かして協働し、所蔵作品をテーマとする新たな鑑賞プログラムを開発する「ABCプロジェクト」に取り組んでいます。今回は第3弾として、長谷川三郎(1906-1957)が1937年に制作した《蝶の軌跡》を出発点に、抽象絵画の視覚だけに依らない鑑賞について考えます。今回のプロジェクトでは、中村裕太(A)、安原理恵(B)、松山沙樹(C)の3人が《蝶の軌跡》に向き合って言葉を交わし、図録や美術雑誌などの文献資料を読み合わせ、さらに動物行動学からチョウの飛ぶ道を検証していきました。そして、粘土やロープ、小豆などの素材を組み合わせることで、触れることで想像力が刺激される《蝶の軌跡》の触図を作り出していきました。このデータベースでは、その対話やワークを垣間見ることから《蝶の軌跡》のイリュージョンを体感することができます。 ABCによる対話やワークは、「《蝶の軌跡》を解読する」からお読みいただけます。 展覧会情報や会期については、「展覧会情報」をご確認ください。
  • 安原
    復習すると、8の字が真ん中にあって、
    その上に長方形があって、四角形があって、
    その長方形の左に
    形みたいのがあって
    、それぞれの周囲は、テン、テン、テンで区切られ、その中は黄色のシャシャシャ塗りで、茶色の上に黒い筆致が赤い枠で囲われていて、島みたいにある。あと星座みたいなものもその中にある。その区切られた点線の外側は赤と紫で塗られていて、大きな鉄アレイと十字がいっぱいある感じですね。
  • 松山
    冒頭に中村さんは蝶が飛んでるのを見たって言ったので、蝶々がフワフワ、クルクル飛んでいる姿を長谷川さんが描こうとしたのかなとも思いましたけれど、この絵には蝶々自体が描かれていないんですよね、けれどを感じるというか。タイトルから言葉から想像する部分ですけど。
  • 松山
    筆致が結構荒いんですよね。
    という感じですね。
  • 中村
    意外とですね。
    安原
    噛み切られ四角も。
  • 安原
    けれどアルプの作品の方が
    これだけ
    というか
    、長谷川さんの8の字とか鉄アレイとかの形よりもアルプの形は、これだけで何の形なのかなとわかりやすいです。
  • 安原
    んですね。すべての線が1つのものを描いているのではなく、いくつかの単体のものが1つの絵に描きこまれたドローイングなんですね。あと、フォトグラムってなんだかとっても手間のかかる手法な気がしますけど、この手法だから描ける何かがあったんですかね。
  • 安原
    モンシロチョウの方は、翅が丸っこいですね。ですね。私も蝶々持ってきたんですよ。
  • 中村
    大変だったのはアゲハチョウです。こちらもその敷地にあったみかんの木の前で実験しました。7月か8月の日陰のない空間で空を見上げていると、ふわふわと目の前をアゲハチョウが飛んでいきます。けれどなかなかそのプレートに近づかないのです。そうして二日間ほど、チョウの飛行を観察していると彼らはなんの脈略もなく飛んでいるのではないということがわかってきました。もう少ししたら、この方向から蝶がとんでくるということがだんだんとわかってきました。それは、言葉や知識としてでなくて経験としてわかるっていう瞬間でした。そして、二日目のおわりに一匹の蝶がそのプレートにやってきて、確かにそのし、
    そして、もう一度確かめに戻ってきました。
    もちろん、そのワンタッチだけだったのですが、たしかに蝶と触れることのできた経験でした。
  • 中村
    ここまでが動物行動学からみた《蝶の軌跡》についての視点でしたが、ここからもう少し日高さんと長谷川の生い立ちに着目してみたいと思います。《蝶の軌跡》が描かれた1937年にポイントを置いてみると、日高さんは小学校2年生なんですよね。チョウを観察し始めたころだと思います。もう一つは、二人が住んでいた場所なんですが、長谷川は品川あたりに住んでいました。最寄り駅でいうと目黒駅あたりです。他方で日高さんは渋谷に住んでいたことを話しましたよね。最寄り駅でいうと恵比寿の方が近いです。グーグルマップで二人の住所を置いてみると、30歳の長谷川と7歳の日高少年は2km圏内に住んでいたんですよ! だからしれません。
  • 松山
    例えば実物の作品だと毛糸の玉は女性の膝の上にあるように描かれています。けれど膝の上に毛糸があるという触図にしてしまうと、その部分が女性の服なのか毛糸の玉なのかが分からなくなってしまうそうなんです。
    安原
  • 松山
    長谷川さんってあやとりとかも好きだったんですよね。紐が身の回りにあったのかもしれませんね。
    中村
    一本一本置いて行くんではなくて、
    感じだったかもしれませんね。
  • 安原
    小豆は意外と固まるものですね。沈んでいって。
    中村
    あまり触り心地のない経験ですね。手のひらで抑えると、
    下で
    感触がありますね。
    安原
    なんとなく跳ねる感じがありますね。小豆だからちょうどいいですけど、大豆とか米でもちがうでしょうね。
  • 中村
    粘土が平らになる感覚がこの絵に近づいていく感じがしますね。長谷川の作品って、
    感じが
    すごくするんですよね。
    直接的な筆の筆致というよりも例えば小豆を落とすとか、自分でラインを作るというよりも、偶然を取り入れているような感覚がありますね。あと、テーブルの上での作業だからこそ起こる偶然ってありますよね。壁に掛けると、重力がありますが、テーブルの上だと転がってもいくし。
  • 中村
    あー、なんか「あやとり」みたいなものかもしれないですね。今はこのかたちで伸びて、このかたちであるけれども、このアイディアがあれば、次にまた違う形に変換していくことも可能だし。単位としてのルールがあれば、このサイズのキャンバスの上でなくても展開していくことができると思うんですよね。しれないですし、
    もっと引っ張ってみたら一直線になってみたり。
    そうしたトポロジーというか、形が位相していくルールさえあれば、形が変換していくことができる。今この瞬間はこの形になっているけど、次に違うチョウが飛んできたら違う軌跡になりますよね。安原さんの言ってくれたパターンというポイントと、あやとりのように伸縮自在であることというのがポイントですね。

ABCコレクション・データベースvol.3 長谷川三郎《蝶の軌跡》のイリュージョン