「CONNECT⇄_」身体感覚で楽しむプログラム
竹村京「Floating on the River」
ワークショップ「壊れてしまったものと、その記憶をめぐって」 実施報告

開催日
展示 2021年12月2日(木)~2022年1月16日(日)
ワークショップ 2021年12月11日(土)
会場
京都国立近代美術館1階
イベント詳細
「CONNECT⇄_」身体感覚で楽しむプログラム 竹村京「Floating on the River」

【実施報告】

 アートを通して多様性や共生社会の実現について考える「CONNECT⇄_つながる・つづく・ひろがる」(文化庁 令和3年度 障害者等による文化芸術活動推進事業)への参画プログラムとして、写真やドローイングの上に刺繍を施した布を重ねたインスタレーションや壊れた日用品を布で包んで刺繍する「修復シリーズ」を発表するアーティスト・竹村京と協働したプロジェクト「Floating on the River」を行った。1階ロビーでの展示とワークショップについての実施報告を行う。

展示風景 (写真はクリックまたはタップすると拡大します)

■展示について

 展示は京都国立近代美術館1階ロビーにて、2021年12月2日から22年1月16日までの会期で行った。出品作品は、今回のプロジェクトのために制作された《Floating on the River》と、「修復シリーズ」の計27点である。これらの作品は壊れた日用品とその「修復」がテーマになっている。たとえば「修復シリーズ」は、ひびの入った皿や割れた砂時計、動かなくなった玩具、使い古した刷毛などがオーガンジーの布でふわりと包まれ、欠損した部分や割れ跡をなぞるように刺繍が施されている。

 修復というと、たとえば金継ぎによって元の形状に戻すという方法があるが、竹村の作品では、欠けたまま・割れたままの状態で半透明のオーガンジーのなかにとどめ置かれる。布に施された刺繍は割れ跡をぴったり覆うわけではなく、壊れた部分からは少しの距離を取って存在しているのも特徴だ。「壊れた部分に光を与えようと思った」と竹村本人が語っているように、これらの作品からは、傷や割れを綺麗に縫合して“なおす”のではなく、ありのままの姿を受け入れ“祝福しよう”とする意識が感じられる。
 また今回は「CONNECT⇄_」の趣旨を踏まえ、視覚だけでなく触覚的にも作品にアクセスできるような工夫について作家と協議し、作品の一部を手で触れて鑑賞できるように展示した。布や糸、修復されたものといった素材に触れることで、見える・見えないに関わらず皆が自分のペースで作品を味わい、「どんな人が使っていたのだろう」「どういった経緯で壊れてしまったのかな」と、想像を膨らませる体験を共有することを目指した。

 障害についての捉え方はさまざまあるが、たとえば「脚がない」や「染色体異常」といった状態については、健康で五体満足な身体に対して“欠損”や“傷を持つもの”として語られることがある。今回展示した作品は障害のある身体をやんわり暗示し、欠損・壊れ・「○○が無い」ということについての人々の価値観を転換させ、背景の異なる人たちが共に考えるきっかけを与えてくれる存在になっていたのではないか。一方で、作品自体が障害を直接的に扱っていなかったということから「CONNECT⇄_」との関連が分かりづらかったという声も頂いた。障害や多様性、共生社会というテーマへの人びとの関心が高まりつつある中で、美術館は自分たちの資源を生かしてこうした社会的課題とどう向き合い、人びとが考え対話するきっかけをどうやって作り出していけるのかは大きな課題である。今後も作家や障害のある当事者とともに、実践を通して考え続けていきたい。

(文責:松山沙樹|写真:衣笠名津美|映像制作:鈴木啓介)


■ワークショップ「壊れてしまったものと、その記憶をめぐって」実施報告

開催日
2021年12月11日(土)①10:00~12:30、②14:00~16:30
会場
京都国立近代美術館1階ロビー、講堂
講師
竹村京(アーティスト)
進行
松山沙樹(京都国立近代美術館)
参加者数
①5名(うち、視覚障害のある方1名)、②9名(うち、視覚障害のある方1名)
ワークショップ実施風景 (写真はクリックまたはタップすると拡大します)

 出品作家の竹村京氏を講師に招き、ワークショップ「壊れてしまったものと、その記憶をめぐって」を実施した。参加者は割れたマグカップやお気に入りだったセーター、祖父から受け継いで使い込んだパスケースといった、“身近にある壊れたもの”を持ち寄った。

①導入・自己紹介

 ワークショップは全員が円座になった状態からスタート。
 活動の趣旨を共有した後、参加者はひとりずつ、名前・どこから来たか・「今朝食べたもの」(午前の部)、「朝起きて最初に触れたもの」(午後の部)を話しながら自己紹介を行った。

②レクチャーと作品鑑賞

 続いて竹村氏が今回の出品作品についてレクチャーを行った。
 「修復シリーズ」の制作を始めたきっかけは、ベルリンで大量に食器が割れた際にその場にあったカーテンで「とりあえず包んで取っておこう」としたことだったこと。また、人間はみな母親のお腹を破って生まれてきて、つねにものを壊しながら生きていく存在であるということ。そして多くの人は物が割れたり動かなくなることをネガティブに捉えるが、竹村は壊れを祝福したいという思いを持って作品を制作していることなどが語られた。

 レクチャー後は全員でロビーに移動し作品鑑賞を行った。
 まずは「修復シリーズ」の触れることができる作品を囲んで一点ずつ鑑賞。どういった経緯で壊れてしまったものか、刺繍には壊れたものと同じような色の糸を用いていることなど、作家との対話を通して素材や制作過程について具体的に理解を深めていった。

 つづいて壁側の《Floating on the River》の方へ移動し、今度は各自が気になるモチーフに近寄ってそれぞれ触れてみた。ここでは、全盲の方が刺繍の輪郭をさわってモチーフを推測していくという鑑賞方法にならい、目の見える参加者が自分たちも目を閉じて作品を味わってみようとされる場面があった。視覚ではものの形を短時間で認識できるのに対し、指先の感覚だけを頼ると全体の形を把握して推測を巡らせるのに時間がかかることを実感する活動になった。

③持参したものについて共有

 そして講堂に戻り、それぞれの“壊れもの”を持って再び円座になった。
 持ち寄られたものは、持ち手が取れたマグカップ、祖父の遺品として受け継いだパスケース、初めて手にした携帯電話(フィーチャーフォン)、お気に入りだったセーター、甥っ子が作った電車などさまざま。それを皆に示しながら、“革が劣化してしまい普段使いできないが、大事に使ってきたものだから”、“家の外でも友人と気軽に連絡が取れる携帯電話に感動したことを憶えていて” 、“小さかった甥っ子の思い出と一緒に置いておきたいと思った”など、ひとりずつ壊れものにまつわる話を共有した。
 参加者はこの日が初対面であったが、個人的な記憶や身近の人との思い出を話すことで少しずつ自己を開示し、他者の話にも耳を傾けて想像を膨らませながら徐々に表情がほころんでいったのが印象的だった。

④制作活動

 ここからは個人作業として、壊れものの大きさに合わせてオーガンジーの布を切り出し、モチーフに合う色の糸を選んで縫っていった。全盲の参加者は晴眼者(一緒に参加していたガイドヘルパーや、美術館スタッフ)がサポートしながら制作を進めた。

 包み方にもそれぞれの個性が光っていた。昔使っていた携帯電話を持参した男性は、電源を入れると当時のメールがまだ読めるということで、いつでも取り出して電源が入れられるようにと袋状に縫い進めた。またお気に入りだったセーターを持参した男性は、ひとつひとつのほつれに記憶が宿っているように感じたといい、部分をつまんで房状の形を作っていた。
 祖父の遺品のパスケースを持参した女性は、「壊れてしまったもののその箇所を観察しながら糸を通したので、過去の記憶をたどったり、上手くいかない糸の動きに苦労しながら不思議な気持ちになりました」と振り返った。

 最後は、完成した作品を紹介しながらひとりひとり工夫点や感想を発表しあった。
 参加者の作品は、オーガンジーの微妙な表情を考慮して包み方を工夫したものや、立体的な刺繍を施したものなど、繊細な作品もあった。そのため作品を共有する方法として言葉で伝え合う方法を取ったが、全盲の参加者にとっては、見える人たちが指示語(「ここ」「あちら」など)を多用しながら話していたことなどから、作品の全体像が掴みづらかったという意見を頂いた。多様な人たちが活動を共にする場であるという意識を参加者とも共有するために、たとえば見える人と見えない人が作品鑑賞を行う際にはどういった心がけが必要になってくるかなど、スタッフが具体的に伝えながら活動を進めていく必要性を感じた。
 なお今回のワークショップの成果公開として、参加者作品に、当日の記録写真と参加者の語りを踏まえた手書きのキャプションを添えて、1月16日までロビー手前で展示した。

(文責:松山沙樹|写真:衣笠名津美|映像制作:鈴木啓介)

<ワークショップ参加者の主な感想>

・少人数だったので気楽にできて、他の方との会話もとても楽しかったです。 本日はありがとうございました。大学を卒業してから久しぶりにアートに触れることができ、常に考えることは大切だと改めて気付きました。(20代)

・目の見えにくい方とご一緒だったので、物に対する扱い方や丁寧な時間を持てました。すごく良い経験でした!(次回に期待することとして)今回のようにいろんな人たちとつながるワークショップ。他には、国籍問わず老若男女問わない年令限定せず色んな国・世代の人たちと何かをつくるようなワークショップ。(40代)

・壊れてすてられないモノほど、色々な思い出があるものなので、自分が持ってきたモノをこれからも大切にしようと思えたし、他の人のモノについても聞いて、形のあるモノをもっと大切にしていこうと思った。また私は美術系の学校へ通っているので、作品づくりにも色んな形があることを学べたし、もっと積極的に、つかったことがない画材をつかったり、おもしろそうと思ったことを作品として取り入れてみようと思いました。(20代)

・絹糸や蚕のお話をして下さったので、裁縫をしている間も、糸の一本一本に命を感じました。壊れてしまったもののその箇所を観察しながら糸を通したので、過去の記憶をたどったり、上手くいかない糸の動きに苦労しながら不思議な気持ちになりました。(30代)


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