モダンクラフトクロニクル展関連プログラム
「手だけが知ってる美術館 第4回 ふらっと鑑賞プログラム」 実施報告

開催日
2021年7月17日(土)、8月21日(日)
いずれも10:00~12:00、14:00~16:00
会場
京都国立近代美術館 4階ロビー
参加者
52名(うち視覚障害のある方1名、聴覚障害のある方2名)
イベント詳細
「手だけが知ってる美術館 第4回 ふらっと鑑賞プログラム」
手だけが知ってる美術館第4回ふらっと鑑賞プログラム

 企画展「モダンクラフトクロニクル 京都国立近代美術館コレクションより」に関連し、「手だけが知ってる美術館 第4回 ふらっと鑑賞プログラム」を実施した。
 「手だけが知ってる美術館」は、触覚を用いる作品鑑賞プログラムの継続的な開催をめざし、2018年度から定期的に開催しているワークショップシリーズ。これまで、茶道具や染織、ニーノ・カルーソの陶芸作品など、テーマや扱う作品を変えながら行ってきた。今回は開催中の企画展にちなみ、さわることができる染織作品を1点取り上げた。
 実施方法について、これまでのプログラムでは20人ほどの参加者が5人ずつのグループに分かれ、グループごとに作品を囲んで対話しながら鑑賞を行っていた。しかし今回は感染症拡大防止のため、オープンスペースである美術館4階ロビーを会場として、立ち寄り式・少人数制での実施形態を試みた。
 さらに作品が見えない状態で鑑賞を楽しむための仕掛けとして、半透明のアクリル板を用いたオリジナルの衝立を制作した。参加者はひとりずつ衝立の前に座り、アクリル板の下のすき間から両手を差し込んで中の作品をさわる。一回あたりの体験時間は10分程度、2日間で合計52名の参加があった。

触覚で楽しむための作品

 今回鑑賞したのは、野田睦美さんの《華燭》という染織作品。
 「感覚をひらく」事業では、盲学校での鑑賞教育の充実を目指した連携授業を毎年行っており、2019年12月に実施した授業のために、さわって体験することを前提とした鑑賞ツールとして制作いただいたものである。
 大きさは約70センチ×60センチ。針金やモール、ネット、原毛、組紐など複数の素材が用いられ、それらが綴織、捻り織、輪奈織、刺繍などさまざまな技法によって織り込まれている。手を動かすと、ふわふわ、がりがり、ちくちくなど、さまざまなテクスチャーが掌や指を刺激する。針金やモール、外側の花びらの部分などは力を加えるとやや変形し、さわることで形が変化し続ける点も特徴だ。

ワークショップ実施風景 (写真はクリックまたはタップすると拡大します)

さわり、かたり、想像する

 さて、当日は「感覚をひらく」の趣旨やこれまでの活動について紹介した後、2つ折りのハンドアウトを参加者へお渡しした。表紙には「指先、指の腹、手のひらなど、手の色々な部分を使って味わってみましょう」といった、触覚をつかって鑑賞する際のヒントをいくつか掲載。内側には、これから鑑賞する作品の大きさや形、素材、技法、タイトル等を紹介したが、まずは触覚情報を頼りにイメージを膨らませる体験をしてもらいたいということで、鑑賞が終わるまでハンドアウトの中身は開かないようにと伝える。
 導入の説明を終えると、参加者は作品の前へ。アクリル板の下から両手を入れて、それぞれの方法やペースで自由に鑑賞を行ってもらった。手を動かしながら、作品の部分や全体をじっくりとさわり、大きさや形、色やタイトルなどについて想像を自由に膨らませていく。
 参加者の隣にはスタッフが座り、「気になる手ざわりはありましたか?」「さわってみてどんなイメージが浮かびますか?」「作品にタイトルをつけるとしたら何にしますか?」など、鑑賞がより深まったり想像が更に膨らんでいくよう、参加者の表情やどの部分を触れているかを確認しながら投げかけを行った。
 5~10分ほど鑑賞を行ったところで一旦手を止めてもらい、作品についてスタッフが説明。さらに、希望者は衝立の反対側にまわって今度は視覚も使いながら改めて作品を鑑賞してもらった。

ゆっくり、じっくり、全体像を作っていく

 視覚による鑑賞では、一見するだけで作品の形や大きさ、何種類くらいの素材が使われているかなど、短い時間で多くの情報を捉えることができる。しかし触覚による鑑賞では、部分部分をさわって情報のピースを集め、それらを繋ぎ合わせながら頭の中でゆっくりと全体像を描いていくことになる。
 参加者の体験の仕方は多様で、手を伸ばしてまず初めに触れた部分を出発点として、小さく手を動かして近くにあるものを指先でつまんで体験していく方や、気になった部分を集中的に引っ張ったり爪で弾いたりして、素材や形について推察をめぐらせる方、作品の表面を手のひらで撫でるようにさわる方、まずは両手を大きく動かして作品全体の形を把握することから始める方など、多岐にわたっていた。これは、どんな情報をどの順番で集め、頭の中にどんなイメージを作っていくのか、その方法が人それぞれであることの表れであろう。
 また、作品にどんなタイトルをつけるかと尋ねると、生命力あふれる花を連想して「アフリカの大きな花」「踊る食虫花」と言われた方や、さまざまな素材が密集している部分を触れることで感じたエネルギーから「常夏」「目覚め」を想起したという方も。別の意見として、表面の凸凹から地形を連想し、「どこかの惑星の地形」「ローカル線の車窓から見た風景の触覚」といったタイトルをつけた方もいた。時間をかけてさわっていくことで得られる情報が増え、イメージがだんだんと固まっていったり、あるいは印象が変化したという感想もあった。

今後の展望

 今回は立ち寄り式で行ったため、ワークショップの存在をたまたま知って参加した方が全体の約28%と比較的高い割合を占めた。それでもアンケート結果からは、プログラムに対して65%が「とても良い」、35%が「良い」と回答された。事前申込制で行ってきた過去のプログラムと比べると参加者のニーズや興味関心は幅広かったかもしれないが、それでも全体としての満足度が高かったことは特筆すべき成果と考えている。
 その背景として第一に、参加者の様子に応じてスタッフが臨機応変なファシリテーションを心掛けたことが挙げられるのではないか。スタッフはこれまでの「感覚をひらく」事業での鑑賞プログラムの実施経験を踏まえ、触れたことから何をイメージするかを尋ねたり、具体的にどういった素材が使われているかを説明するなど、個々の参加者のニーズに合わせたサポートを心掛けることで、体験の質の担保に努めた。
 もう一点は、安心して作品と向き合える場づくりである。普段、作品を見せない仕掛けとしてアイマスクを使うことがあるが、何も見えなくなるという状況に不安を感じる方もいる。一方で今回導入した半透明の衝立を用いると、参加者は、作品は見えないが隣のスタッフとは対面してコミュニケーションを取ることができる。一部の方にとっては前述のようなストレスが少ない状態で、鑑賞体験により集中できる環境を作ることができていたのではないだろうか。
 この少人数制・立ち寄り式の実施形態は、感染症対策として密集・密接を避けるための方策として考え出したものであった。しかしこのような参加者の反応や満足度から、コロナ禍における一時的な代替手段ではなく、今後も一つの鑑賞スタイルとして「手だけが知ってる美術館」の中で継続する意義が示されたと考えている。

(文責:松山沙樹)

<主な感想>

・大変興味深い体験でした。触れる内に少しずつ実体を想像できるようになる過程が面白く、最後に見たときには想像どおりなような、少し違うような…… 自分なりのネーミングは “花” でした。(20代・男性)

・日頃、ほとんどを視覚に頼っているのかを実感しました。見る、見えることは確かに大切で、素晴らしいことではあるが、身体のさまざまな感覚を使ってみることで、これまで気づかなかったことや、「何だろう」と想像することができました。参考になりました。(50代・男性)

・自分自身が大学院で綴織りの作品を制作しており、作家さんの作品を実際に手に取って触る機会は貴重だと思いました。スタッフの方とお話ししながら自分の感覚で作品を理解していくというのはとても新鮮で、自分が思っていることと素材感が合っている、ちがっている、いろいろ考えさせられました。(30代・女性)

・手の感覚だけで感じる… 独特の体験がやみつきになりそうです。ものすごく楽しめました。(40代・女性)

・同じところを触っているのに異なる言葉が出てきておもしろい体験だった。言語化、タイトル付けが思ったよりも出てこず“鑑賞”の味わいを短時間ながら感じられた。(20代・女性)

・作品を直にさわってみることはなかなかないので、おもしろかったです。またこんな企画があったら寄ってみたいです。(60代・女性)

・作品をさわっている時に、良いタイミングで「まわして…」「もっと手をのばして…」と声をかけてもらった。手でみることが進んだ。手でみるためにつくられたものでなく、ただ収蔵されている作品をいかに鑑賞するかにも興味があります。また参加したいです。(30代・女性)


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