トークセッション「点字でチラシをつくるとは」 実施報告

開催日
2月7日(金)17:30~19:30
会場
京都国立近代美術館 1階講堂
イベント詳細
トークセッション「点字でチラシをつくるとは」

【実施報告】

トークセッション「点字でチラシをつくるとは」 (写真はクリックまたはタップすると拡大します)

 これまで、シンポジウムやワークショップを行うたびに、広報のための「チラシ」を作成してきた。「感覚をひらく」をはじめて3年間。視覚障害のある方により広く届くよう、美術館としても点字が入ったチラシの作り方については、トライ・アンド・エラーを繰り返してきた。このトークセッションは、そうした点字の入ったチラシをどのように作ってきたかを、デザイナーと振り返るだけでなく、そもそも点字が入ったチラシを作る意義にまで立ち返る必要を感じて企画したものだ。

 一般に、多くの点字入りチラシは、点字と墨字(いわゆる目で見える印刷情報)が無関係に1枚の紙のなかにレイアウトされているものが多い。これには、「感覚をひらく」を進めるなかでも、つよい違和感があった。墨字と点字が無関係に入ったとき、それぞれ別の層(墨字と点字)を読み取っているに過ぎないのではないか。それを手に取った受け手は、同じデザインを共有していると言えるのだろうかという違和感であった。
 「感覚をひらく」において、チラシをデザインするにあたり、毎年、意識的にデザイナーを変えてきた。1年目に西村祐一氏(Rimishuna)、2年目に北原和規氏(UMMM)、3年目に坂田佐武郎氏(Neki inc.)。それは「感覚をひらく」という新規プロジェクトでは、これまでの美術館の既成概念を取り払うことが必要であり、イメージを固定化させたくないこと。それに加えて、活動を積み重ねつつも、作り方も固定化せず、初心に立ち返りながら進めていきたいと思ったからでもある。この3年間に活動をともにした3名のデザイナーは、みなさん点字を入れたチラシのデザインは初めての経験であった。とはいえ、点字の入ったチラシ自体、一般に出回っているものではないので、そもそも経験をもつデザイナーはほとんどいないというのが日本の現状だろう。であるから、美術館とデザイナーがそれぞれ、ノウハウのない素人の状態から、点字と墨字の併存を考えるというプロセスを経てきた。

2017年度第1回フォーラム「感覚 X コミュニケーションでひらく、美術鑑賞の新しいかたち」[デザイン:西村祐一(Rimishuna)]2017年度第1回フォーラム「感覚 X コミュニケーションでひらく、美術鑑賞の新しいかたち」[デザイン:西村祐一(Rimishuna)]
2018年度京都国立近代美術館オープンデー「美術のみかた、みせかた、さわりかた」[デザイン:北原和規(UMMM)]2018年度京都国立近代美術館オープンデー「美術のみかた、みせかた、さわりかた」[デザイン:北原和規(UMMM)]
2019年度京都国立近代美術館オープンデー2020「ひらきまつり!」[デザイン:坂田佐武郎(Neki inc.)]2019年度京都国立近代美術館オープンデー2020「ひらきまつり!」[デザイン:坂田佐武郎(Neki inc.)]

 トークセッションでは同時に、実行委員会委員でもある広瀬浩二郎氏と、たびたび点字印刷の相談にのってもらった日本ライトハウスの福井哲也氏のお二人にも登壇をおねがいした。お二人とも、全盲の当事者でもあり、「感覚をひらく」のチラシは常に見てもらってはいたが、あらためてレビューをもらう機会とした。
 冒頭にこれまで制作してきたチラシを、それぞれのデザイナーから簡単に当時を振り返りながら語ってもらった。西村氏からは、1枚の同じチラシであるが、弱視の方、全盲の方、見える方の三者が、まったく違う情報の受け取り方を体験できるものにしたと語った。それぞれの受け手の情報を混在させず整理したいという意図があると述べた。2年目には、そもそも当館の要望にも少し変化があり、チラシと同じ情報量の点字冊子もつけたいという要望をこちらが出す中で、北原氏はその冊子を綴じられるチラシにした。また、点字印刷所のエンボスのサイズは、A4が限界でありその技術のなかで出来る方法を模索したと語った。また、3年目のデザイナーで、今回のイベントのチラシを担当した坂田氏は、様々な読み取られ方が可能な図を入れるという普段のデザインを、さわるという視覚をとおしてチャレンジしたと述べた。

西村祐一氏西村祐一氏
北原和規氏北原和規氏
坂田佐武郎氏坂田佐武郎氏

 こうしたデザイナーの試行錯誤を受けて、当事者である福井氏からは、見えない人の図の認識の違いの話、また普段制作している点字印刷物の話題について、具体的な例を多数お持ちいただきながら説明をしてもらった。また広瀬氏は主に、普段自らもチャレンジしている、著書のさわれる表紙の取り組みについて述べた。

福井哲也氏福井哲也氏
広瀬浩二郎氏広瀬浩二郎氏
トークセッション「点字でチラシをつくるとは」

 以上をふまえて実施した全体の討議では、とくに「いかがわしい点字」の問題について本質的な議論がなされた。バリアフリーが叫ばれるなかで、正しくない不誠実な点字世の中に溢れていることにふれられた。当事者としては、点字がデザイン要素として不誠実に扱われてしまう懸念を、どうしても払拭できないこと。「感覚をひらく」のチラシ制作の態度においても、どの程度当事者と向き合ってきたかを疑問にも感じるという率直な意見も述べられた。この事業においても、とくにイベントチラシにおいては、時間の限られたなかで、チラシを制作することが多い。こうした点字をめぐる印刷物の議論の場がもてたことと、それを会場で共有できたことは、非常に有意義であり、かつ運営側としての問題点も痛切に思い知らされるものともなった。

(文責:本橋仁)

<主な感想>

見える人見えにくい人見えない人同じ資料で同じ内容テーマで話し合うこと、そういう機会があったからこそ気づけたことがたくさんあったので、物の見方、捉え方はいろいろあること改めて発見した。(40代・女性)

点字のコードの存在さえ知らなかったのでさまざまな制約の中で制作しなければならないことに気づきチラシや点字を見る目が変わりそうです。見えない方がどのように「感覚をひらく」のチラシをとらえているか、という話も、思ってもみなかったことが多く、協働の重要性を感じました。(50代・女性)

西村さんのデザインについて、目が見える人には評価が高く、目が見えない人にとっては何の面白さもない、という生の反応が面白かった。これに対して、西村さんが「お手上げだ」と話したように、点字の可能性の今後は、かなり難しさもあり、面白い未知なる領域に感じた。(20代女性)

いわゆる点字のチラシについては、パネラーの方もおっしゃっていたように、点字で伝える情報は、必要最低限のものに絞って、目が見える人も、見えない・見えにくい人も、共に触って楽しめるようなものにしていくという選択肢は、十分検討に値するのではとは思います。(中略)詳しい情報はweb から得てもらうようにするというあり方には、本当にそれだけでいいのかなあとも感じます。(50代男性、視覚障害有)

"キソから応用" という言葉がお話を伺いながら浮かびました。突然トリッキーなことは普通はありえなく、要素を組み立ててそのルールの中でいろいろなこと(アイデア)が作られていくと思います。(30代女性)


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