齋藤名穂講演会「五感と記憶がつくる建築・空間」 実施報告

開催日
2月8日(土)16:00~18:00
会場
京都国立近代美術館 1階講堂
イベント詳細
齋藤名穂講演会「五感と記憶がつくる建築・空間」

【実施報告】

  かつては、美術を「視る」場所であった美術館も、昨今その役割を変えつつある。たとえば八戸市新美術館(設計:西澤徹夫・浅子佳英・森純平)が端的に示すように、視る場所から集い、ワークショップだけでなくても会話などを通して、コミュニケーションをする場へと変化しつつある。とはいえ、現状をすぐには変えられないハード(美術館という建築)を、そうした現代の要請に適合させるためには、ソフトとハードとの緩やかな関係性をもたせることが重要でもある。

齋藤名穂氏 齋藤名穂氏 (写真はクリックまたはタップすると拡大します)

 京都国立近代美術館も、1986年のまさに美術館が視る場所として位置づけられていた時代のある意味、旧態のハードである。この美術館で、「感覚をひらく」の活動を展開するうえで、どうしたらハードとソフトの双方を架橋できるのかを考えるにあたり、建築家の齋藤名穂氏を講師に招き講演会を実施した。齋藤氏は、大学卒業後にヘルシンキに留学した経験から、見えない方と一緒に、建築の場所を把握するための、「さわる地図」の制作をおこなってきた日本の第一人者でもある。これまで制作したものは、東京国立博物館や東京都庭園美術館などに常設されている。まさに、これらの博物館・美術館もハードとしては旧態である。齋藤氏のつくる、「さわる地図」は、単なる触地図とは異なり、そこに展示されている作品の素材や形をつかって楽しめるものとなっている。これは齋藤氏の手作りの部分も大きいが、また他のアーティストなどとの協働で作られてきた部分も含まれる。たとえば、漆工を紹介する部屋のパネルには、漆を職人に塗ってもらい、仏像が展示されている部屋のパネルには、東京藝術大学で木彫を学ぶ学生の協力を得たという。

 齋藤氏は、こうした活動をおこなうにあたり大事にしているキーワードとして、「他者と自分の空間認識は異なる」と述べた。これは、先に実施したワークショップ「記憶の空間を旅しよう」にも通底するものであると感じさせるものであった。齋藤氏の地図は、ひとりで読むことは想定されていない。そこには、一緒に見る人がいて成立する。つまり、地図を通して美術館の空間を共有し、会話を通してコミュニケーションを図ることが、企図されている。知るにとどまらない、コミュニケーションを誘発させる装置となっているわけだ。
 こうした美術館における先進的な取り組みは、冒頭で述べた、美術館における主にソフト面の変化に、変化が容易ではないハードを結びつける有効な手段である。「感覚をひらく」においても、触図「さわるコレクション」を展開してきたが、これを見えない一人の人に向かって送るのか、見える人と二人で読むことを想定するのかによって、その内容は全く異なってくる。質疑では、そうした疑問についても齋藤氏とディスカッションを行うことができた。この講演会は、今後の「感覚をひらく」を、この京都国立近代美術館という場所で行うにあたっての方向性に、ヒントを与えてくれるものであった。

東京国立博物館本館のさわる地図のサンプル東京国立博物館本館のさわる地図のサンプル

(文責:本橋仁)

<主な感想>

実際にその地図が、いつでも誰でも触れるような形で設置されているという、上野の国立博物館に、ぜひ1度出かけて、その地図を利用してみたいと思いました。決して目が見えない人のためだけというのではなく、誰もがいつでも触れて、共に利用しながら対話できるというのは、たいへん重要で今後欠かすことのできないあり方だと、たいへん強く感じています。(50 代男性、視覚障害有)

ユニバーサルデザインは障害者のものだけでなく健常者にとっても共[通]のものだと思うので、中でもすべての人々はそれぞれの[培]った感覚とイメージがあることなど改めて考えられてよかったです。(50 代)

覚える学びより気づく学びがあってとても刺激的な2 時間でした。中高生にもこの様な学びの機会を与えたらと感じます。今の点字や音声案内版がほとんど役に立っていなくかえってひとりにさせているという事実に驚きでした。新しい視点まだまだ必要ですね。

齋藤さんのワークが単なる建築の仕事ではなく、むしろ空間の中でのコミュニケーション作りのきっかけを作っているということがわかってくると、それこそ、美術館にとって必要な仕事だと感じた。

手で触れて理解して創造して、それは目の見えない人だけでなく見える人にとっても大事な感覚だと思いました。(30 代女性)


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