ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」 実施報告

開催日
① 2月7日(金)14:00~16:00
② 2月8日(土)13:00~15:00
会場
京都国立近代美術館
イベント詳細
ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」

【実施報告】

ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」 (写真はクリックまたはタップすると拡大します)

 2日間にわたり、建築家でありデザイナーの齋藤名穂氏を講師に迎え、美術館の4階ロビーを会場にワークショップを行った。
 本ワークショップの元になったのは、齋藤氏がフィンランドの大学で修士制作として手がけた「Tea Party on the Border」(2008年)という作品。異なる背景をもつ3名の参加者の「いえ」の空間の記憶を、味覚、聴覚、嗅覚を切り口に共有しながらお茶会を行うというもので、フィンランドの森にあった小屋の材をもちいて齋藤氏が制作したテーブル・スツール・ベンチ、そして陶器のうつわを用いて行う。今回は「感覚をひらく」事業の趣旨にあわせ、視覚障害のある方1名を含む5名でワークショップを進めることとした。

 参加者は事前に齋藤氏から手紙を受け取り、自分の「いえ(House)」の場所にまつわる五感で味わう「もの」を1つ持参した。それらは、昔のセーターや、お気に入りの梅ジュース、何度も読んだ小説や、子どもの頃に使っていたオルゴールなど多岐にわたる。ワークショップは、長いテーブルの上にそれぞれの「もの」を並べ、齋藤氏と向かい合うようにして参加者が座ったところからスタートした。

ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」
ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」

 まずは最初の参加者の「もの」を順番に、触ったり、匂いをかいだり、音を鳴らしたりして体験。続いて、持参した人にその「もの」と「いえ」についての話をしてもらう。齋藤氏は聞き手となり、時に「それを使っていた部屋って、家の中のどんな場所にあったんですか?」など、「いえ」についての話を引き出す投げかけをされた。そして他のメンバーは耳を傾けながら、語り手の過去の記憶や暮らしについて自由に思いを馳せた。これを5名順番におこない、全員が語り終えたところで、このワークショップをデザインした意図や、フィンランドの木材を用いたしつらえについて、齋藤氏から説明があった。

ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」
ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」
ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」

 「いえ」という身近なテーマ、そして大きな窓から平安神宮の大鳥居や東山連峰を見渡せる開放的な空間での実施ということで、ゆったりとした雰囲気でのワークショップとなった。参加者は、ただ話を聴くだけでなく「もの」を五感で味わうという体験も含めて他の人と共有できたことで、それぞれの「いえ」について、より具体的に想像を膨らませ、またその思い描いたイメージについての違いも楽しんでいたようだった。

 一方で反省点として挙げられるのは、今回、限られた時間の中で多くの方に参加していただきたいという運営側の思いから、1回のワークショップ時間の設定が40分と短かったことである。いざ実施してみるとややタイトで、終了後も集まって話を続ける参加者の姿も見られた。ある方が終了後のアンケートで「何だったんだろうという感覚が残」ったと書いているように、いかに良いプログラムでもそれを実現するためのデザインが適切でないと、参加者の経験はかえってネガティブなものになってしまうという危うさがあるということを痛感した。

ワークショップ「記憶の空間を旅しよう」

 今回のワークショップは、所蔵作品を鑑賞することを軸としたプログラムとは異なり、それぞれの記憶や経験をもとにしながら進んだ。こうした活動の性質上、各人のパーソナルな語りが自然と誘発されることとなり、それによって参加者同士の交流がこれまで実施してきた鑑賞プログラムに比べて深まっていたように感じられた。実り多い内容とするための改善点は様々あるが、対話したり想像を膨らませたりという活動を中心に置いたこの種のプログラムは、今後もぜひ実施していきたいと思う。

(文責:松山沙樹)

<主な感想>

思い出のある品物を見ただけでは想像もできなかった"家" にまつわる物語をそれぞれの参加者の皆さんからお聴きするのが楽しかったです。視力に障害のある方から「なぜ、このカップを見て"重そう"と思うのですか?」と問いかけられ、視覚と経験が無意識に結びついていたことに気づきました。(50代女性)

事前にメールまでいただいて準備をする、という導入があったのでどんな「旅」になるのか楽しみにしていましたが、(中略)皆の話が終わって「はい、ありがとうございましたー。」とだけで終わると、「まとめ」みたいなものもなく、何だったんだろうという感覚が残るのは否めないと思いました。(30 代女性)

事前に家にまつわる物を用意する様、今まで五感で楽しむ、考えるといったことをしていなかったため、今回のワークショップで自分の身の回りの物を振り返り、考えることができた。ワークショップ中も自分の話をすることで、持ってきたものにより親近感が持てた。(20 代女性)

私は視覚障害があるので「触覚」や「音」の記憶が印象によく残っているのではないかと感じていたが、同じグループの晴眼者の方が「音」や「香り・匂い」「手触り」で思いでの記憶を感じる方が多いのは新鮮な発見であった。人が情報を得るのは80% が視覚からだといわれているが、実は無意識にその他の感覚で記憶してしまっているのではないかと思った。(50 代男性・視覚障害有)

視覚障害があるが音やにおい、思い出をみなさん持ってこられたのが意外。触感など、ふだんみなさん日常をビジュアルよりもそうした感覚で感じてられるのが強い印象を受けました。(40 代女性・視覚障害有)

他の参加者の方のお話をきいて、家のとらえ方がそれぞれなのがおもしろいなと感じました。手ざわりで記憶がよみがえることもあるし、もう少し感覚を敏感にして、生活してみようかなと思いました。(30 代女性)

参加者が持参した「もの」にまつわる話を聞いていると全く知らない事でも情景がうかんできて、一緒にその空間にいるような感覚となった。会話からものに対する思いも感じられ、印象が強く残る感じがした。(40 代女性)

参加者の話を聞いてその情景を思い浮かべて共有するのが楽しかった。それぞれ思い出がある場所がありよい時間だった。(50 代男性)


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