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京都国立近代美術館研究論集 CROSS SECTIONS Vol. 12 (2026) 京都 : 京都国立近代美術館, 2008–ISSN 1883-3403 Vol. 12

序文

 京都国立近代美術館研究論集『CROSS SECTIONS』第12号をお届けします。この研究誌は2008年7月に創刊し、当初は1年毎、近年は1年半から2年に1度の刊行を続けています。その目的は、当館の活動を研究報告の形で公にし、広く議論に供するというもので、査読付きの論文、研究ノート、加えて調査報告という内容で始まりました。しかし回を重ねるにつれ論文が少なくなる傾向にあり、今号は調査報告、エディケーショナル・スタディズにイベントの報告を加えた構成となりました。前号でも触れましたが、掲載内容が変わった理由の一つは専門職員の業務が増大かつ多岐にわたり、研究に割ける時間が少なくなったことがあります。美術館は本来、作品の公開、普及の役割に加え、研究を目的とする機関であることを思うと、忸怩たる気持ちにならざるを得ません。さらに国立美術館は今、経営改善を迫られ、収入増を強く求められており、日常業務と研究活動との両立はさらに難しくなっています。そのような情勢ではありますが、館長として日々の環境を整え、改めて美術研究を促す気運を醸成したいと考えています。

 以下、今号の内容を概観いたします。まず調査報告の最初は、当館学芸課長の梶岡秀一による「富岡鉄斎筆《群仙図》および羽倉可亭関連資料群の概要」です。梶岡が担当した「没後100年 富岡鉄斎」展(2024年)をきっかけに寄贈を受けた鉄斎作品、および所蔵家ゆかりの書画十四点を解説、分析することにより、鉄斎をめぐる豊かな交友と広がりを示唆するものとなっています。続いて小野真司研究員の「カレル・タイゲ『現代の国際建築』における日本インターナショナル建築会「宣言・綱領」チェコ語訳掲載の経緯」は、チェコスロヴァキア刊行の『現代の国際建築』に掲載された日本の建築グループに関する記述に着目し、原文との齟齬がどのように生まれたかを考察しています。同誌に先行するオランダ『デ・ステイル』からの重訳がその要因となったという指摘は興味深く、当時の国際間の情報伝達や相互理解を目の当たりにする面白さがあります。

 外部寄稿の2編のうち中川克志氏による「日本におけるサウンド・アートの系譜学」は本誌お馴染みのシリーズで、先号に続き神戸ジーベックホールを取り上げています。今号では同ホールの『イベント・インフォメーション』を参照に実施事業を分類整理し、活動の全体像をつかみ、個々の分析によって具体的な事業内容にまで踏み込んだ労作です。もう1本の寄稿は、昨年3月まで当館研究補佐員を務めた山際美優氏の「映画『プル・マイ・デイジー』(1959)制作の意味と意義」です。ニュー・アメリカン・シネマを代表する短編映画の分析と考察ですが、原作戯曲との差異に注目し、単なる映像化ではなく映像表現として自立したものであるという見解に至っています。

 特定研究員の渡辺亜由美による「届き始めた声」は、ニューヨークで実見した女性作家の展覧会を軸に、日本、韓国でのジェンダー問題を扱った展覧会を例に加えて、従来の美術史の書き換えに繋がる動向に言及したものです。これまでの女性作家の実践に共感する筆者は、彼女らの主張や表現へ取り組みを通して、評価が変わりつつある現状を語っています。続くエディケーショナル・スタディズは、教育普及室の渡川智子特定研究員が、昨年のコレクション展の中で行った「すわって、みる」についてのレポートです。この小企画は、座って見るという前提で立案、展示しました。会期中のワークショップを通じ、その鑑賞体験によって新しい知覚を促したことが述べられています。最後は「小林正和とその時代」展(2024年)の関連事業として開催した「ラウンドテーブル」の報告です。日本のファイバーアートの先駆者・小林正和は、今や伝説化された存在となっていますが、この催しは小林と同世代の作家、関係者の証言によって彼の実活動を跡付け、改めてその成果を確認する機会となりました。

 冒頭で本誌の内容や構成が変わってきたことを申しましたが、今号に掲載した調査報告をお読みいただけると、美術館現場ならではの知見が含まれることに気付かれると思います。そのように研究員が展覧会や普及事業、また美術資料を通じた考察、新たな成果を発信することは、当館の使命の一つを果たすことに繋がると考えます。私共は今後さらに研鑽を積み本誌の充実に努める所存ですので、引き続きご支援賜りますようお願い申し上げます。

2026年2月
福永 治(京都国立近代美術館長)

内容

■調査報告

富岡鉄斎筆《群仙図》及び羽倉可亭関連資料群の概要

梶岡秀一(京都国立近代美術館 学芸課長)

カレル・タイゲ『現代の国際建築』における日本インターナショナル建築会
「宣言・綱領」チェコ語訳掲載の経緯—日本語原文との相違に着目して

小野真司(京都国立近代美術館 研究員)

日本におけるサウンド・アートの系譜学:
神戸ジーベックホール(1989-1999)をめぐって:その2—実施事業の分析—

中川克志(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院 准教授)

映画『プル・マイ・デイジー』(1959)制作の意味と意義:
原作戯曲『ビート・ジェネレーション』(1957)からの変更点に着目して

山際美優(横浜美術館 学芸員)

届き始めた声
―「美術史の書きかえ」を巡る国内外のいくつかの試みについて―

渡辺亜由美(京都国立近代美術館 特定研究員)

■エデュケーショナル・スタディズ:

「みる」をみつめる
―コレクション展内の小企画「すわって、みる」の教育学的考察から

渡川智子(京都国立近代美術館 特定研究員)

■ラウンドテーブル「小林正和とその時代 ––ファイバーアート、その向こうへ」

第1回:「日本のファイバーアートと世界への挑戦―ローザンヌ、ウッヂ、京都」

登壇者:草間喆雄、久保田繁雄、熊井恭子、佐久間美智子(以上出品作家)

モデレーター:池田祐子(京都国立近代美術館 副館長・学芸課長[当時]、現・三菱一号館美術館 館長)

第2回:「自然とファイバーアート―テキスタイル・マジシャンの周辺」

登壇者:小林尚美、新道弘之、田中千世子、冨田潤(以上出品作家)

モデレーター:宮川智美(京都国立近代美術館 研究員)

第3回:「メンターとしての小林正和」

登壇者:扇千花、島田清徳、戸矢崎満雄、野田凉美(以上出品作家)

モデレーター:福冨幸(岡山県立美術館 学芸課長[当時]、現・同館副管理者)

第4回:「世界の小林正和、そして日本のファイバーアート」

登壇者:レスリー・ミラー(University for the Creative Arts, Textile Culture名誉教授)、川嶋啓子(Office G²主宰/アートコーディネーター)

モデレーター:池田祐子