京都国立近代美術館京都国立近代美術館 京都国立近代美術館 京都国立近代美術館

MENU
Scroll

開館状況  ─  

京都国立近代美術館研究論集 CROSS SECTIONS Vol. 10 (2022) 京都 : 京都国立近代美術館, 2008–ISSN 1883-3403 Vol. 10

序文

 『CROSS SECTIONS VOL.10』をお届けします。この研究論集の刊行は、京都国立近代美術館の研究員が日頃の研究成果を公表すると共に、展覧会、教育普及などの事業に携わった際の考察を留める目的で始まりました。外部からの寄稿にも門戸を開いていることも特徴の一つです。号を重ねることで今後への示唆となり、美術ファンにとっても新しい論述との出会いとなるよう願っています。

 ところで、前号『VOL.9』を発行したのは2019年10月であり、それからおおよそ2年半の歳月が流れました。この間の美術界は、経済状況の変化やネット環境の進化、さらにコロナ禍による厳しい行動制限など、時々の社会情勢によって変更を余儀なくされました。美術館の現場もコロナ災禍への対応に追われる一方で、様々なニーズに応えるための模索が続きました。また国立美術館においては、国の「文化経済戦略の推進」という新たな方針に沿って、不慣れな経済戦略という領域に踏み込まざるを得ない事態を迎えています。しかし、これまでと違う美術振興の流れにあっても、美術館本来の役割を果たすためには、専門職員による日々の研鑽が欠かせないことは言うまでもありません。

 以下、今号の内容を概観いたします。まず査読付き論文は、本年2月まで特定研究員を務めた本橋仁による「近代住宅における床の間」をテーマとした論考です。近代の住居様式の変転と、書画や生花などの鑑賞装置としてのあり様を検証したことは、「床の間」自体が失われつつある今、時機にかなったものと言えましょう。今後は「住み手」の生活意識や慣習、精神性にまで踏み込む考察へとつながることを期待します。続く奥村純代氏による寄稿は、2019年6月から当館で開催した「トルコ至宝展」の講演会からスルタンの衣装に関する言説を抜粋したもので、長年トルコ美術に取り組まれた同氏の研究を広く伝える一助とするものです。

 調査報告では、これまでも寄稿を重ねていただいた中川克志氏が、「サウンドアートの系譜」に沿って1980年代末から開催された「京都国際現代音楽フォーラム」をとりあげ、関係者の証言や資料によって活動を跡付けられました。また当館主任研究員の梶岡秀一は、近年収蔵した石井柏亭≪画室≫について考察しています。発表当時から画中画をめぐって賛否両論があり、改めてその言説を検証すると共に新たな解釈を試みています。平明、穏当を旨とする画業の中でやや特異なこの作品を、コレクション展で確認いただきたいと思います。

 キュレトリアル・スタディズでは、3つの実践について報告しています。まず牧口千夏主任研究員が2017年度に1年をかけて行ったマルセル・デュシャンの≪泉≫をテーマとする五つの展示をレポートしています。作品誕生から100年を迎え、今や伝説となった≪泉≫をどうとらえ直すか、気鋭の研究者やアーティストに参加いただく貴重な機会ともなりました。次いで本橋特定研究員が、2020年に開催した「チェコ・ブックデザインの実験場」を振り返ります。この展示には大阪中之島美術館の所蔵する1920年代から30年代の書籍を借用しましたが、あわせて小冊子を発行しヘレナ・チャプコヴァー氏に寄稿いただきました。この『CROSS SECTIONS』に再掲し、謝意を表する次第です。なお展示をきっかけに、チェコの書籍を収集されてきたコレクターから関連資料を含む353点の寄贈の申し出があり、収蔵の運びになったことは望外の喜びでした。さらに梶岡主任研究員が、当館の誇る須田国太郎作品を一堂に展示した「キュレトリアル・スタディズ14」を紹介しています。サブタイトルの「写実と真理の思索」は画業を貫く姿勢をよく表しており、初期から晩年までをたどることにより、須田の取り組みを再認識する機会になったものと考えます。

 そしてエデュケーショナル・スタディズでは、松山沙樹特定研究員が「感覚をひらく」事業の報告を行っています。同プログラムでは、これまで様々なツールを開発し、対話による鑑賞活動を行ってきましたが、2020年に新たな展開がありました。作家の中村裕太さんの協力の下、石黒宗麿の陶片を使った鑑賞方法を試みています。会場では実際に触れていただくと共に、目の不自由な方が行った手のひらや指などの感覚による触察の様子や、そこから生まれた言葉を紹介することで、より深い鑑賞体験を提供できたものと思います。

 先ほども申し上げましたが、現在の美術館活動は難しい局面を迎えています。ややもすると時流に流される危険がありますが、今一度京都国立近代美術館の使命を認識し、各自の研究を深めることで事業を継続したいと考えております。今後とも本書をはじめ当館の活動を見守りいただき、引き続きご支援、ご批判をお願いする次第です。

2022年3月
京都国立近代美術館長 福永治

内容

■論文

住宅の近代化と「床の間」
大正から昭和、起居様式の変化に伴う鑑賞機能の諸相

本橋仁(京都国立近代美術館 特定研究員)

オスマン朝の織物とスルタンの衣装

奥村純代(トルコ文化財団イスタンブル支部 美術史専門家)

■調査報告

日本におけるサウンド・アートの系譜学
―京都国際現代音楽フォーラム(1989–1996)をめぐって

中川克志(横浜国立大学 准教授)

平明な写実のトリック:石井柏亭筆《画室》考

梶岡秀一(京都国立近代美術館 主任研究員)

■キュレトリアル・スタディズ12:

「泉/Fountain 1917-2017」を振り返って

牧口千夏(京都国立近代美術館 主任研究員)

■キュレトリアル・スタディズ13:

ブックデザインを美術館で展示すること
チェコ・ブックデザインの実験場 1920s-1930s 開催報告

本橋仁(京都国立近代美術館 特定研究員)

チェコのブック・デザイン 1920-30年代

ヘレナ・チャプコヴァー(立命館大学 准教授)

■キュレトリアル・スタディズ14:

須田国太郎 写実と真理の思索

梶岡秀一(京都国立近代美術館 主任研究員)

■エデュケーショナル・スタディズ

展示室で、視覚に依らない鑑賞を考える―「感覚をひらく」事業の新展開

松山沙樹(京都国立近代美術館 特定研究員)