京都国立近代美術館研究論集 CROSS SECTIONS Vol. 9 (2019) 京都 : 京都国立近代美術館, 2008–ISSN 1883-3403 Vol. 9
序文
二〇一九年、平成は終わり、令和という新たな時代が始まりました。9月にはICOM(国際博物館会議)の世界大会が日本ではじめて、この京都の地において開催され、美術館・博物館の新たな役割について議論が交わされました。このように、日本の美術館をめぐる状況がにわかに活況を呈する中で、日々多様な業務をこなしている研究員が、論文、調査報告をまとめ上げたのが、この『CROSS SECTIONS』なのです。
第9号を数える今回は、「研究ノート」、「調査報告」、「キュレトリアル・スタディズ」、「エデュケーショナル・スタディズ」、「活動報告」という5つの項目で構成されています。中でも「キュレトリアル・スタディズ」は、所蔵品から派生した問題意識を核に研究し、形として公開するという、当館の特色ある活動のうちのひとつです。そして、今回の企画においては、国立の美術館では通常採り上げることのない一企業を題材とした、新たな試みを実施しております。
さて、本号の内容を以下に概観致します。まず研究ノートは、当館の池田祐子学芸課長と、渡邉くらら研究補佐員によるものです。前者の池田学芸課長の論考は、20世紀の近代写真への展開を促し、近代美術における新しい動向の喧伝に重要な役割を果たした雑誌『カメラ・ワーク(Camera Work)』を、19世紀との連関の中に位置づけ検討しております。後者の渡邉研究補佐員は、赤瀬川原平の《赤瀬川克彦個展「あいまいな海について」案内状》と、《千円札印刷作品Ⅲ》を題材とし、それらの作品が裁判などを経て今日では「紙幣の模型」とみなす見解が定着している中、制作の経緯などを検討することによって、「紙幣の模型」とは別の構想のもとに作られたことを主張する意欲的な論考を展開しております。
調査報告は、ケルスティン・シュテーファー氏から、ドレスデン工芸博物館が所蔵する日本の型紙コレクションに関する調査報告をご寄稿いただいております。今回の調査によって、型紙コレクションの来歴の一端が明らかとなり、今後の更なる解明が期待されます。
キュレトリアル・スタディズの章では、展覧会「七彩に集った作家たち」の関連イベントとして開催された、藤井秀雪氏(マネキン研究家・七彩創業70周年史編纂メンバー)と私による記念対談の内容をまとめ、七彩にどのような芸術家が集い、彼らがどのような志向を有していたのかを考察しております。
エデュケーショナル・スタディズでは、当館の松山沙樹特定研究員が、「感覚をひらく―新たな美術鑑賞プログラム創造推進事業」(以下、「感覚をひらく」)の概要と、平成29年度に実施した3つのイベントの成果を報告しております。「感覚をひらく」は、当館が平成29年度から地域の盲学校や大学等と連携しながらおこなっている事業であり、文化庁の文化芸術振興費補助金(地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業)の助成を受けました。この事業が成果を収め、美術鑑賞のありかたに一石を投じることが出来ました。
最後の活動報告は、当館で二〇一六年に開催した「オーダーメイド:それぞれの展覧会」について、本展担当者の牧口千夏主任研究員が総括しております。展覧会の構造や美術館の制度・秩序といったものに切り込み、物語装置としての展覧会のありかたを改めて考える企画であったことを、当時の記録資料をもとに振り返るものです。
さて、このたびの第9号もまた、日頃の研究、教育活動などを多角的な視点でとらえながら、より充実した内容としてまとめ上げられたと確信しております。この報告書が、美術関係者のみならず様々な人々にも波及し、美術館はもちろんのことながら、これからの美術のありかたに対して影響を与えていくことを願っております。
今後とも、この研究論集にご支援、ご批判をお願い申し上げまして、巻頭のごあいさつとさせていただきます。
2019年10月
京都国立近代美術館長 柳原正樹
内容
■研究ノート
雑誌『カメラ・ワーク』における分離派的なるものと日本的なるものの交差について
池田祐子(京都国立近代美術館 学芸課長)
■研究ノート
赤瀬川原平の千円札――「偽札事件の模倣」としての解釈の試み――
渡邉くらら(京都国立近代美術館 研究補佐員)
■調査報告
ドレスデン工芸博物館における型紙コレクション―その足跡を探して
Die Katagami-Sammlung des Kunstgewerbemuseums Dresden – eine Spurensuche
ケルスティン・シュテーファー(ドレスデン工芸博物館 学芸員)(翻訳・解説 池田祐子)
■キュレトリアル・スタディズ11:
「七彩に集った作家たち」
柳原正樹(京都国立近代美術館長)
記念対談「七彩を語る」
藤井秀雪(マネキン研究家・七彩創業70周年社史編纂メンバー)
柳原正樹(京都国立近代美術館長)
■エデュケーショナル・スタディズ
「感覚をひらく―新たな美術鑑賞プログラム創造推進事業」について
松山沙樹(京都国立近代美術館 特定研究員)
■活動報告
「オーダーメイド:それぞれの展覧会」
牧口千夏(京都国立近代美術館 主任研究員)