京都国立近代美術館京都国立近代美術館 京都国立近代美術館 京都国立近代美術館

MENU
Scroll

開館状況  ─  

京都国立近代美術館研究論集 CROSS SECTIONS Vol. 2 (2009) 京都 : 京都国立近代美術館, 2008–ISSN 1883-3403 Vol. 2

序文

 昨年創刊した本研究誌の第2号がここに刊行されることになった。本誌出版の趣旨は創刊の際に示したように、「(京都国立近代美術館の)研究員を中心に進められている平素の研究・教育活動、館が開催したシンポジウム、講演会、館の進める国際交流等々の活動の成果を報告し、これによって今日の芸術現象を含む文化の諸断面に光を当て、さらなる議論のきっかけにすること」にある。また、同じく創刊の際に記したが、当館の活動をなるべく具体的に報告するために、執筆者も当館のスタッフに限定せず、当館で開催されたシンポジウムや講演会での講演者や報告者、また当館の展覧会企画に関わられた他機関の研究者、学芸員の方々、さらには私たちがサポートした海外の若手研究者等々にも門戸を開き、執筆を慫慂し協力していただくことにした。

 この第2号では、創刊号と比較して、美術館からの発信としてよりふさわしいかたちの研究誌にすることが試みられた。この試みがどのようなかたちで進められたかは目次からも想像いただけると思う。第2号の章立ては、「論文」、「報告」、「キュレトリアル・スタディズ(Curatorial Studies)」、「エデュケーショナル・スタディズ(Educational Studies)」となっている。これら四つの章のうち、後半の二つの章が新たに設けられた章である。

 「キュレトリアル・スタディズ」と「エデュケーショナル・スタディズ」という章は、美術館学芸員(研究員)の美術館という現場での研究・教育活動の様々な試みを報告するために設けられた。特に「キュレトリアル・スタディズ」は、単に本研究誌のために設けられたテーマではなく、私たちの美術館研究員の発案により、昨年より当館研究員と作家との共同研究として進められている展覧会をも含む新たな研究活動である。

 美術館が、展覧会、作品収集に基づく「研究・教育の場」であることは自明のことであり、独立行政法人国立美術館(東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館)も、5館の共同事業として全国の美術館学芸員から希望者を一定期間研修生として受け入れる場を設けてきたし、教育に関しても、全国の教育委員会と協力して、美術を担当する教員のために毎年東京国立近代美術館を中心に国立美術館での研修会を開催してきた。また国立以外の公立、私立美術館においても、それぞれ独自の計画にしたがって、研究・教育に関する試みが広く行なわれている。

 そのような中で、敢えて「キュレトリアル・スタディズ」、「エデュケーショナル・スタディズ」というテーマを掲げたのは、京都国立近代美術館が「国立美術館」としてだけでなく、京都という限定された地域にある「一つの美術館」としても何ができるか、このことを実験するためである。

 「キュレトリアル・スタディズ」ということで私たちが重視するのは、学芸員(研究員)に対する美術館側からの一般的な教育ではない。そうではなく、当館がはじめた「キュレトリアル・スタディズ」とは、担当研究員が作家とともに企画の最初から、当の作家が自らの制作をどのように考えているのか、制作とは何を意味するのか、またそれを展示するというのはどういう意味をもつのかといったことも含めて共に議論し、もしこの作家の作品を展示するとすれば、美術館での展示は、展示の場所も含めてどうあるべきかを細かく詰めてゆく作業全体を指す。与えられた作品を研究し展示することとともに、このような試みは、研究員が作品制作の意味を作家とのエキサイティングな交わりを通して身をもって学ぶことのできる格好の機会になるであろうし、同時に作家にとっても自身の制作の意味を自覚するためのヒントになるだろう。「上からの教育」ではなく、このような「自らが学ぶ」という教育のありかたこそ、美術館だけでなく、すべての教育において今最も必要になっているのではないか。このような問題意識がこの「キュレトリアル・スタディズ」の動機になっている。だから一層この活動は記録に残し公表することが大切になる。

 「エデュケーショナル・スタディズ」も基本的な考え方は「キュレトリアル・スタディズ」と同じである。人々に美術の理解の仕方について、美術館が「上から教育」するのではなく、人々が積極的に「自ら学ぶ」場を提供し、そこに研究員も加わり協力する、これが当館の試みる「エデュケーショナル・スタディズ」である。だから、美術館の研究員自身も美術館での「教育」とはどうあるべきかを、この共同作業から「学ぶ」ことになるし、それぞれの参加者が協力の中で自らの知識や教育に関する信念の妥当性を試されることにもなる。いずれの場合も「学ぶ」ことには、自分が「試されている」という多少物怖じしたくなるような側面が含まれており、「上からの教育」では経験できないと思えるこの点こそ、私たちが最も重視する点なのである。以上二つの章、そして前半の二章の内容に関しては、個々の報告や論文をお読みいただき忌憚のないご意見ご批判を賜りたい。

 また当館は、一昨年末より定期的な映画上映会も開始した。京都は映画発祥の地であり、また関西には、映画に関心を抱きそれを研究対象にしている学生諸君も多いからである。東京には東京国立近代美術館フィルムセンターがあり、定期的に上映会が開催され、普段見ることの少ない作品に触れる機会が提供されてきた。このような機会を京都でも設けるためにフィルムセンターの協力を得、また幸いゲーテ・インスティトゥートとの共催が可能となり、今年度から「東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)」所蔵作品の上映会、「NFC所蔵作品選集 MoMAK Films @ Goethe」が隔月開催されることになった。それ以外にも私たちは映画を楽しみ議論する場を開いている。ホーム・ページに掲載される情報をご覧頂き、このような試みにも積極的なご参加をお願いする次第である。

 私たちは、多様化する文化に対して美術館がどのように関わりうるか、また関わるべきか、これを議論する場としてこれからも本研究誌を発行してゆきたいと考えている。本研究誌はご希望の方々には送料以外は無料で提供される。私たちは多くの読者のご意見を通してよりよい美術館のあり方を模索したいと思う。

 最後になったが、私どもの依頼に応え、興味深い報告や論文を寄せていただいた方々に深甚なる謝意を表したい。

2009年7月
京都国立近代美術館 前館長 岩城 見一

内容

■論文

芸術的精神の現象学——(12)
第5章「オリジナルと模倣」、第6章「実用物の諸構成要素の判定」

岩城見一(京都国立近代美術館 前館長)

上野伊三郎・リチの「造形意志」

山野英嗣(京都国立近代美術館 主任研究員)
関連リンク: 上野伊三郎+リチ コレクション展  ウィーンから京都へ、建築から工芸へ

■報告

海外所蔵の日本の染型紙の調査研究——ドレスデンを中心に

池田祐子(京都国立近代美術館 主任研究員)

上野リチと稲葉七宝

松原龍一(京都国立近代美術館 主任研究員)
関連リンク: 上野伊三郎+リチ コレクション展  ウィーンから京都へ、建築から工芸へ

美術館でのライブ・パフォーマンス——ART RULES KYOTO 2008

牧口千夏(京都国立近代美術館 研究員)
関連リンク: ART RULES KYOTO 2008 ライヴ・パフォーマンス

欲望のメタフィジックス[椿昇論]
A Reading from Nowhere: An Experimental Translation of an Academic Essay The Metaphysics of Desire [Essay on Noboru Tsubaki]

岩城見一(論文提出時: 京都国立近代美術館 館長)
英訳: 永田絵里 (京都国立近代美術館 情報研究補佐員)
関連リンク: 椿昇 2004–2009: GOLD/WHITE/BLACK,Noboru Tsubaki GOLD/WHITE/BLACK

■〔特集:「ルノワール+ルノワール展」関連シンポジウム ジャン・ルノワールの現在〕

ジャン・ルノワールの現在

青山 勝(大阪成蹊大学芸術学部情報デザイン学科 准教授)

世界は額縁を持たない——ジャン・ルノワールとのピクニック!

藤井仁子(早稲田大学文学学術院 専任講師)

50年代のジャン・ルノワール——芝居とミュージカル

石田美紀(新潟大学文学部 准教授)

討議と質疑応答

■キュレトリアル・スタディズ

服\ファッションを考える

中尾優衣(京都国立近代美術館 研究員)
関連リンク: キュレトリアル・スタディズ 01 服\ファッションを考える

ルノワール/モードの画家

深井晃子(財団法人京都服飾文化研究財団 理事、チーフ・キュレーター)
関連リンク: キュレトリアル・スタディズ 02 オーギュスト・ルノワールとパリ・モード

ウィリアム・ケントリッジ研究

河本信治(京都国立近代美術館 学芸課長)
関連リンク: キュレトリアル・スタディズ 03 ウィリアム・ケントリッジ——Part I: 連続アーティスト・トーク、Part II: 新収蔵作品研究《やがて来たるもの(それはすでに来た)》

■エデュケーショナル・スタディズ

美術鑑賞における鑑賞者の論理とは
ギャラリー・ラボ「〈書く〉ことと〈描く〉ことの間(あいだ)」展の試行から

石川 誠(京都教育大学大学院教育学研究科 教授)
関連リンク: 京都教育大学大学院企画 「書く」ことと「描く」ことの間

ギャラリー・ラボ2007概要

河本信治(京都国立近代美術館 学芸課長)
関連リンク: ギャラリー・ラボ2007——鑑賞空間の合意に向けて

鑑賞者と美術館が創出する世界
~京都国立近代美術館の学習支援活用による実践的研究~

越野清実(プラスリラックスアートクラブ 代表)
関連リンク: ギャラリー・ラボ2007: ファンがつなごう!まちとミュージアム+越野清実「美術館“で”話そう、美術館“を”話そう」

子どもとおとなの「出会いと対話の場」となる美術鑑賞プログラムの提案
~鑑賞の「タスク」から、「遊び」への転換をきっかけにして~

横田香世(京都府文化環境部文化芸術室 振興担当主査)
関連リンク: ギャラリー・ラボ2007: 横田香世「こども+アート+おとな → 新・コミュニケーション」