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展覧会投稿 No. 9  匿名希望C「麻田浩氏の作品『旅・影』の前に立って」

投稿 No. 9  匿名希望C「麻田浩氏の作品『旅・影』の前に立って」


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匿名希望C

  私は美術学校で教育に携わりながら画業を続けているものです。近代美術館の皆様には研修会等でお世話になっています。
  麻田浩氏の作品には以前から特別な想いを抱いています。今回麻田氏の初期の素晴らしい作品を見られて感謝しています。時代とともに作品を追って画家の考えの変遷が理解できた気がします。氏の作品に感じる事柄を書かせてもらいました。今回の論議の主旨に合うようでしたら、論点に加えて下されば幸いです。

  作品「旅・影」の前に立って、麻田氏自身の身体を解体して張り合わせたような不気味さと、教会に足を踏み入れたような不思議な安らぎを覚えながらしばらく呆然としていました。この作品には「原都市」が描かれた頃の作品とは異なるものを感じます。
  時間は私たちの生死に関係なく無常に流れ続いていく。与えられた「生」の時間は過去から未来へつながる時間の中の僅かな「点」に過ぎません。
  我々も去っていく。この世から。今とは、現在の連続として流れる時間とすれば、私たちが当たり前のように感じ見ている姿や世界は「仮の姿」とも言えるでしょうか。「原都市」で表わされている世界は、モチーフの集合体としての作品イメージがまだ残っていますが、「地・洪水のあと」を経て描かれた「旅・影」には氏の想念が形を借りて立ち現れているように思われます。
  ここには氏がモチーフとして描いてきたものと、実際の記憶の断片や、彼の内面が視た象徴的な景色と思われる「もの達」がモンタージュのように表わされているように思われますが、それらが同様な時間に存在するひとつの「景色」ではなく、異なる時間を内包しているように感じます。
  時間軸や観念世界の違いによって「景色」や「もの」へのリアリティーの与え方が異なり、見ている者の脳の中に多層なホログラムを作り出していく企てがあるように思われます。
  石組みの陰鬱さは室内の棚へと想起され、画面の中央を占める窓へと繋がっていく。
  「過去」に描いたであろう静物たちは、言わば亡霊のようにアトリエにも現れ、「現在」にあるモチーフたちとクロスする。気づけば石組みには手すりが現れパリで過ごした時に昇った階段へと導かれる。そこから過去へと、過去へと。孤独な風景や冷たい星空が氏の内面そのままに背景に、奥に、秘めやかに存在している。これらは私の勝手な解釈ですが、そうしたストーリーを主軸に幼少時の記憶「蜻蛉」も画に柱を与えるがごとくに描かれる。朧では在るが力を伴って。
  左下の飛んでいく(移行していく)欠片は、氏が過去の画家のようにこの絵を見るヒントとして描きいれたものではないでしょうか。
  永遠の時間から見れば、我々さえ過ぎ行く電車の中の乗客のように定かでない存在かもしれません。そう思うと、点としてある自分が見ているこの世界と、この作品に描き表わされたもののどちらがより真であるのか分からない不思議な感覚に捕らわれました。
  私がこの作品に強く惹かれるのは、麻田浩氏個人の作品という領域を超えて、永遠の過去と未来に繋る時間や、そこに生きるということの無常さや諦念とでもいうような普遍性が崇高な輝きを持って描かれていること。だと思います。
  旨く言えませんが、神を恐れてはいるが神を信じることで頼ってはいない。神に愛されていると言った感覚ではなく、それに足る人間でありたいが愛されることは無いだろうといった確信。人間という生き物、または氏自身への「危うい肯定」が、闇の中で光を発している。そのことが現代に生きる私の心に染み入ってくるからでしょう。
  またこの作品は、現代における具象性と非具象性の葛藤の安らかな帰結の場として語れなくも無いと思います。
  長い時間作品の前にいて、この作品が氏の「墓」のように思われてなりませんでした。

追記
  どなたかの文に、今の中高生がどう見るだろうか、とありました。高校生を連れて行きましたがとても興味を持って見ていました。金曜日を利用しての鑑賞でしたが閉館間際までずっと見ていた生徒もいました。「面白かった。」が感想ですが、今回はあまり文章に書かせることをしたくなく、それぞれが胸にしまっておいてもらえればと思っています。

(2007/09/09 匿名希望)

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