展覧会没後10年 麻田 浩展: 電子メール討論会
没後10年 麻田 浩展: 電子メール討論会
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※最新: 投稿 No. 12 河津聖恵「誠実な表現者」
シンポジウム「今、なぜ麻田 浩なのか」
日時:9月17日(月・祝)午後1時30分〜午後5時(当日午前11時から整理券配布)
場所:1階講演室 定員100名、聴講無料
講演:麻田 弦氏(麻田 浩長男)
「父を語る」
パネリスト:森本岩雄氏(京都市立芸術大学名誉教授)
岩城見一(京都国立近代美術館長)
山野英嗣(京都国立近代美術館主任研究員)
今回の「没後10年 麻田 浩展」開催の機会に、当館では、最終日に上記のシンポジウムを開催いたしますが、このシンポジウムに向けて、当館ホームページ上で、「電子メール討論会」を開設し、「麻田 浩」あるいは同時代の美術(特に1960年代、70年代美術など)についてのご意見(2000字以内)を募集いたします。いただいたご意見や情報につきましては、ホームページ上で公開して、このテーマについて関心をもっておられる方々と、前もって様々な角度から意見を交換し、その上でこのシンポジウムを実りあるものにしたいと考えています。
「電子メールによる討論会」の方法についてご説明申し上げます。
- 美術館側から、現在開催のこの展覧会を担当した学芸課主任研究員・
山野英嗣、そして館長の岩城見一が、それぞれこの展覧会に関する
コンセプトやそれにまつわる情報をホームページで公開する。
すでに、本展覧会の紹介については、「紹介文」として、本展覧会の章立て構成にそくして、山野英嗣がこちらに記しております。 - この討論会に関心をだかれる方々が、京都国立近代美術館のホームページに掲載の〈E−メール・アドレス〉に、「麻田 浩」について、あるいは本展覧会の感想、さらには同時代の美術(特に1960年代、70年代美術)などについて、意見や情報を寄せる(2000字以内)。
- 送られた情報を私ども美術館が受けとり、シンポジウムに有益な意見や情報をホームページで公開する(このときの掲載される意見や情報の選択につきましては、美術館側にお任せください)。
- 掲載された意見をめぐってさらに議論を続け、場合によっては、本展覧会に関係する新たな方々にも加わっていただき、意見や情報を発信し、それをホームページに加えてゆく。
以上は、シンポジウムを、しばしば見られるような、パネリストの一回限りの研究報告のようなものにはせず、テーマに関心をもたれる方々のより積極的な参加が可能になるようにするために企画したものです。
なお、ホームページで公開する同様の企画は、今年はじめに開催した「揺らぐ近代 日本画と洋画のはざまに」展でも、電子メール討論会「揺らぐ近代 揺らいでいるのはなにか?」として行い、好評を得ております。
多くの方々に、本展覧会「没後10年 麻田 浩展」をご高覧いただき、この「電子メール討論会」にもご意見を寄せていただきますようお願い申し上げます。
これまでのご投稿
投稿(メッセージ) No. 1 「没後10年 麻田 浩展」電子メール討論会をはじめるに際して |
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京都国立近代美術館主任研究員 山野英嗣 「没後10年 麻田 浩展」を担当いたしました当館主任研究員の山野英嗣です。 これから、本展覧会の最終日(9月17日)に開催いたしますシンポジウムに向けて、まず担当者として記したいと思います。 (2007/08/02)
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投稿 No. 2 有山 敬 「麻田氏の絵画がふたたび問いかけるもの」 |
有山 敬 ※以上掲載可 麻田氏と1度だけ 生で話した事がある。まだ 私が映画監督をめざしていた時だ。 雨の展覧会場で 私の思いつきの感想を真剣に聞いてくれた。その頃は、映画の世界では タルコフスキーがブームだった。廃屋の美が注目されていた。麻田氏が映画を見ていたか、 どうかは、知らないが、閉じているような、開いているような空間感覚は、あい通じると思う。 (2007/08/16)
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投稿 No. 3 岩城見一「《没後10年 麻田 浩展:電子メール討論会》のための幾つかの視点」 |
京都国立近代美術館 館長 岩城見一 すでにお知らせしましたように、現在開催中の「心の原風景 没後10年 麻田浩展」に関連して、展覧会最終日にシンポジウムを開催します。このシンポジウムを実りあるものにするために、「揺らぐ近代」展に続き、今回もシンポジウムに向けて「電子メールによる討論会」を展覧会の会期中続けてゆくことにしました。幸いすでにお一人の方からご意見をいただいていますが、今後さらに多くの方の積極的なご参加をお待ちします。 この電子メール討論会に参加いただくために、この展覧会の企画と展示、図録作成を担当しました当館主任研究員山野英嗣より、この展覧会、そして討論会の趣旨をまずホームページでお知らせしています。ご参照ください。 どの展覧会に関しても、それぞれの展覧会がどのような意味をもつのか、なにをどのように見ていただきたいのか、このような展覧会についての考え方(コンセプト)をできるだけ分かりやすく説明し、また美術館を訪れる方々に理解していただくこと、さらにはこの問題について人々の意見や批判を聞き、それに答える努力をしてゆくことは、国公立の美術館で展覧会を開催する者にとりもっとも初歩的で大切な務めです。展覧会自体に対して少々懐疑的とも言える(「今、なぜ麻田浩なのか」)がこの討論会のタイトルに掲げられましたが、それも、そのような「展覧会自体の意味を問う」という意図からです。しかも、今回展示される麻田浩の作品については、大変熱心なファンがおられるとともに、ほとんど知らない方も多くおられます。それだけに、上のようなタイトルで一度議論しておくことは、この画家の作品の意味を考える上でも、またこの画家が日本現代美術史や批評の世界であまり論じられてこなかった理由を考える上でも、必要なことだと私は考えています。 ここでは、麻田浩の絵画を語り合うための糸口として、現在私が考えています幾つかの視点を呈示させていただくことにします。 (2007/08/17)
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投稿 No. 4 村上 弘「麻田浩の絵の魅力と『世界の3層構造』」 |
立命館大学法学部教員・村上 弘(53歳) ※以上掲載可 私は、以前から麻田浩さんの絵には惹きつけられるものを感じてきました。 まったく勝手な解釈かもしれませんが、「世界の3層構造」を描いておられるように思うのです。 これまでは、「2層構造」だと思っていました。荒れ果てた地表の上に、人間の生活や文化の跡をとどめる物体が散乱しているのです。物体は、あるものは形をとどめ、あるものは壊れていて、「諸行無常」をあらわしているようです。珍しく壊れていない卵やガラス管があると、救いのようです。それに水滴や、鳥の羽などが加わります。これらも救済かもしれません。 しかし、今回の展覧会で初期の作品を見ると、整った石床の一部が破れて、その下からグロテスクな人体の一部のようなものが覗いたりはみ出したりしている絵がいくつかありました。これは、3層目の下部構造のようです。1970年ごろの作品で、そういえば、日本は経済成長で繁栄しているが、その背後に、公害やベトナム戦争があり、学生として心の痛みを感じていた時期の気分に、非常に符合しています。その3層目のグロテスクな下部構造は、後の絵では姿を消し、代わりに整った石床が荒れた地表に変わっていくのです。この石床や地表は、社会の構造、つまり文化や政府や経済を意味しているかのようです。 (2007/08/23)
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投稿 No. 5 橋本真弓 |
橋本真弓 ※以上掲載可 京都大丸で開催された、宮本三郎記念賞受賞の記念展に出掛けた私は、写真で見たことのある先生のお姿を拝見し、思わずわれを忘れて、不躾にもお声をお掛けしてしまいました。大きな展覧会をはじめて拝見しての感動が、この思いがけない行動をとらせた理由でしたが、私が橋本幸志に教えを受けていると申し上げると、親しみを感じてくださったのか、いやなお顔もなさらずに、インターフェロン治療と体調のことなど、気さくに語って下さり、記念の図録にサインをして下さいました。1987年の二人展でご一緒だった作家につながる者として、遇して下さったことは、思いがけず有難く、紳士的でナイーブな麻田先生のお人柄を知る、うれしい機会となりました。この時すでに、「思うように絵筆を持てないもどかしさ」を語られていたことが切なくて、今でも忘れることができません。 (2007/08/26)
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投稿 No. 6 匿名希望A「絵画における『聖』麻田浩」 |
匿名希望A 私の手元に『霊的な出発』(高橋たか子著)という本があります。表紙画とカットを麻田浩(敬称略)が描いています。出版年は1985年「地・洪水のあと」が描かれた頃です。 今回の展覧会で、麻田浩の絵を初めて見ました。初期の作品、版画も興味深く拝見しましたが、なんといってもスタイルを確立されてからのもの、「地・洪水のあと」に続く、命を磨り減らすように(事実そうだったわけですが)描かれた一連の作品には心を打たれました。 麻田浩の作品を論じるのは難しいかもしれません。なぜなら麻田の作品は、見る者を観想へと誘うからです。そして観想ということは「神」を求めるものでなければわかりづらい概念だからです。日本人には特になじみにくいのではないでしょうか? (2007/08/27)
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投稿 No. 7 匿名希望B |
匿名希望B 1980年代からずっと麻田浩氏の作品は新制作展、両用の眼展、日本秀作美術展などで見てきました。会場で今まで一点、一点見てきた作品を同時に見ることが出来、麻田浩氏の世界にぐっと引き込まれました。 そして、これはオペラ「白鳥」で使われた舞台と本当によく似ていると思いました(特に図録No.93 94 95 101 103 108 128などグレイの色彩の作品です)。 (2007/08/28)
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投稿 No. 8 岩城見一「《没後10年 麻田 浩展:電子メール討論会》のための幾つかの視点(3)、(4)」 |
京都国立近代美術館 館長 岩城見一 《没後10年 麻田 浩展:電子メール討論会》のための視点(3) 前回「第1の視点」として麻田の絵画をまず見ること、「第2の視点」として、麻田浩自身が自らの個展に寄せた言葉を紹介しました。そのときに記しましたように、「これまでの麻田論をみておくこと」が〈第3の視点〉になります。絵画は単に直接見られるだけでなく、絵画を巡る言葉を介して見られ、理解されるからです。ところで、麻田論はあまり多くありません。この画家の個展についての短文の批評はいくつか新聞記事に見出せますが、それについては、今回の展覧会図録の「年譜」に掲載新聞名が挙げられています。このような短文の批評に比べて、比較的まとまった批評となると非常に少なく、この画家がこれまであまり詳しくは語られてこなかったことがわかります。その中で最も早く、また、比較的まとまった麻田論として残されているのは、小倉忠夫の二つの批評です。そのほかには、今回の展覧会に解説を寄せられ、また講演会でも講演をしていただいた、粟津則雄氏の「手紙」と麻田論でしょう。粟津氏の「手紙」は、『美術の窓』(1993年、7・8月合併号)に掲載された「麻田 浩への手紙」という麻田宛の書簡のかたちをとった評論であり、もう一つは粟津氏の著書、『日本洋画22人の闘い』(新潮選書 1988年)に収められた麻田論(「普遍的テーマを嗅ぎとった麻田浩—徹底的な内面凝視」)です。今回の図録に納められた粟津氏の麻田論は、以上二つの麻田論に基づいたものと見なすことができますので、ここでは、小倉による麻田論を紹介しながら、〈批評言説の中の麻田絵画〉について考えてみることにします。 《没後10年 麻田 浩展:電子メール討論会》のための視点(4) このためまた、「第4の視点」も必要になります。それは「麻田の作品を歴史の中に置き直してみる」という視点です。今回の展覧会では、これを4階で試みました。麻田は絵画を始めたとき、どのような芸術動向の中にいたのか、これを作品展示を通して再考しようとし試みたわけです。 (2007/08/30)
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投稿 No. 9 匿名希望C「麻田浩氏の作品『旅・影』の前に立って」 |
匿名希望C 作品「旅・影」の前に立って、麻田氏自身の身体を解体して張り合わせたような不気味さと、教会に足を踏み入れたような不思議な安らぎを覚えながらしばらく呆然としていました。この作品には「原都市」が描かれた頃の作品とは異なるものを感じます。 時間は私たちの生死に関係なく無常に流れ続いていく。与えられた「生」の時間は過去から未来へつながる時間の中の僅かな「点」に過ぎません。 我々も去っていく。この世から。今とは、現在の連続として流れる時間とすれば、私たちが当たり前のように感じ見ている姿や世界は「仮の姿」とも言えるでしょうか。「原都市」で表わされている世界は、モチーフの集合体としての作品イメージがまだ残っていますが、「地・洪水のあと」を経て描かれた「旅・影」には氏の想念が形を借りて立ち現れているように思われます。 (2007/09/10)
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投稿 No. 10 匿名希望D |
匿名希望D 麻田作品と出会いちょうど20年(生前の先生との対話を含めた10年、その後の美禰未亡人との対話を含めた10年)。今回その回顧展が催され、その主要作品を含む全貌を京近美の皆さんのご配慮により初めてここに拝見出来る事は、それをご両人が生前、なによりも望んでいた事を知る者の一人として、今ご夫妻が天上にて如何にこの人生最良の栄誉のひと時を、共に喜び合い積年の辛労辛苦を互いに癒されているかと思うと感無量です。又今回、作家の手記をも含むほぼ完璧ともいえる図録をお作りいただいたことも、麻田の全貌理解と言う意味でも大変有意義な事で、昨今の美術館運営環境、非常に厳しいなかでの快挙とも言うべき事と思います。 (2007/09/12)
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投稿 No. 11 山野英嗣「麻田 浩展『電子メール討論会』に向けて——小考」 |
京都国立近代美術館主任研究員 山野英嗣 麻田作品と出会いちょうど20年(生前の先生との対話を含めた10年、その後の美禰未亡人との対話を含めた10年)。今回その回顧展が催され、その主要作品を含む全貌を京近美の皆さんのご配慮により初めてここに拝見出来る事は、それをご両人が生前、なによりも望んでいた事を知る者の一人として、今ご夫妻が天上にて如何にこの人生最良の栄誉のひと時を、共に喜び合い積年の辛労辛苦を互いに癒されているかと思うと感無量です。又今回、作家の手記をも含むほぼ完璧ともいえる図録をお作りいただいたことも、麻田の全貌理解と言う意味でも大変有意義な事で、昨今の美術館運営環境、非常に厳しいなかでの快挙とも言うべき事と思います。 (2007/09/12)
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投稿 No. 12 河津聖恵「誠実な表現者」 |
河津聖恵 ※以上掲載可 私は詩の書き手ですが、麻田浩さんの作品に大変触発を受けました。詩あるいは日本語に近代が落とした光と影と同様の何かが、この一人の画家の実存に、静謐にしかし激しく集約されていると感じました。 (2007/09/14)
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