展覧会企画展 堂本尚郎展
企画展
堂本尚郎展
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- 共催
- 世田谷美術館
- 協力
- 京阪電鉄
- 会期
- 平成17年9月13日(火)~10月23日(日) (36日間)
- 入場者数
- 8,132人(一日平均:226人)
本展は京都に生まれ、世界を舞台に活躍し、現在もなお日本を代表する抽象画家として第一線で活躍を続ける堂本尚郎の大規模な回顧展である。
1928年に京都に生まれた堂本は日本画家堂本印象を伯父に、一族からも多くの芸術家を輩出する恵まれた環境に育つ。京都市立美術専門学校日本画科在学中より早くもその才能を発揮し、将来を嘱望されるが、堂本は閉鎖的な日本画壇に安住することを好まず、海外に目を向けた。1952年、伯父印象に随行してのヨーロッパ歴訪に続き、堂本は55年よりパリに留学し、この地で日本画から洋画に転じた。奇しくも当時パリではアンフォルメルという画期的な絵画運動が勃興しつつあり、その渦中に身を投じた堂本はその中心的な作家の一人としてたちまち注目を浴び、1957年にアンフォルメル運動の拠点、スタッドラー画廊でデビューした。しかし堂本は決して一つのスタイルに安住することなく、この後も次々に画風を変える。活躍の場をパリ、ニューヨーク、東京へと移しながら、荒れ狂う波や雲海を連想させるイメージから、車の轍のような物質的な絵画、円のパターンを直列したカラフルで夢幻的なイメージ、そしてきらめく水面を思わせる静謐な情景へと絵画は華麗な変貌を遂げる。しかもヴェネツィア・ビエンナーレやサンパウロ・ビエンナーレといった国際的な展覧会への出品や受賞が物語るとおり、それらの絵画は常に高い完成度を示し、作品は国内外の主要な美術館に収蔵されるにいたっている。
大規模な回顧展としては18年ぶりとなる今回の展覧会では初期の日本画から最新作まで、絵画とドローイングおよそ120点をとおして堂本の画業の全貌を紹介した。特に今回初めて発表された「無意識と意識の間」という新作はそれまでの作風を一新する連作であり、現在にいたっても変貌を恐れない画家の新たな境地を示して大きな話題を呼んだ。
- パネル他
- あいさつ(和・英) 各1
- 年譜 1
- 各章解説 7
- カタログ
- 21.8×28.7cm、223頁
- 図版 カラー118点;参考図版 モノクロ6点
- 収録論文等
- 「堂本尚郎の日本画」内山武夫
- 「ひとつの選択-堂本尚郎展に寄せて」酒井忠康
- 「世界に飛翔する日本的感性」高階秀爾
- 「堂本尚郎 移動と断絶」尾崎信一郎
- 「堂本尚郎年譜」 中島理壽編
- 「堂本尚郎文献目録」 中島理壽編
- 「欧文文献目録」 杉山悦子・高林夏子編
- 編集:尾崎信一郎・杉山悦子
- 発行:京都国立近代美術館、世田谷美術館
- デザイン:宮谷一款
- 新聞雑誌関係記事
毎日 9月14日 | 「戦後を代表する抽象画家 堂本尚郎展」 |
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朝日 9月15日 | 「変化しつづける作風をたどる 堂本尚郎展」 鶴屋真 |
産経 9月21日 | 「果てなき変貌の軌跡 堂本尚郎展」 早瀬廣美 |
日経 9月28日 | 「京都で堂本尚郎展 抽象表現追求の軌跡」 |
京都 10月1日 | 「透徹する美意識と調和 堂本尚郎展」 太田垣實 |
朝日 10月7日 | 「大胆な画風の変遷、通覧 堂本尚郎展」 森本俊司 |
毎日 10月7日 | 「日本画に通じるにじみ 堂本尚郎展」 岸桂子 |
日経 12月10日 | 「無意識を力に新境地 画家堂本尚郎の世界」 白木緑 |
朝日 12月7日 | 「回顧2005 美術私の三点」 高階秀爾 |
視る No. 420 (9-10月号) | 「堂本尚郎と具体美術協会」 尾崎信一郎 |
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視る No. 421 (11-12月号) | 「堂本尚郎 作家の言葉 (堂本尚郎シンポジウムより)」 |
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