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教育普及・授業サポート 東京都小笠原村立母島中学校「オンライン修学旅行」
実施報告

日時:2021年12月10日(金)14時30分~15時30分
会場:オンライン(当館4階展示室~母島中学校図工・美術室)
参加人数:生徒8名


■実施報告

 当館から直線距離で約1,080km離れた小笠原村立母島中学校とコレクション・ギャラリーをオンラインで繋ぎ、作品鑑賞活動を行いました。
 きっかけは10月に、同校美術科の先生から連携についてのオファーをいただいたことでした。そのメールには、度重なる緊急事態宣言によって、延期していた中学3年生の修学旅行が中止になってしまったこと。そのため美術館と学校をオンラインでつなぐことで生徒たちが関西の芸術や文化に触れあう機会を作りたいという思いがつづられていました。担当の先生と教育普及担当が打ち合わせを重ね、作品選びや活動内容の検討を進めました。
 当日はビデオ会議システムGoogle Meetを用い、美術館側ではスマートフォンのカメラで作品を映しながら展示室を回り、学校では図工・美術室の大型モニタでその映像を投影。さらに生徒たちは一人一台タブレット端末を持ち各自が会議システムにログイン、端末上で画像を適宜拡大しながら参加します。
 まずは京都らしい雰囲気を感じてもらえればと、コレクション展がある4階ロビーからスタート。平安神宮の大鳥居の見える風景が映ると生徒たちからは歓声が上がりました。

東京都小笠原村立母島中学校「オンライン修学旅行」実施風景 東京都小笠原村立母島中学校「オンライン修学旅行」実施風景

写真はクリックまたはタップすると拡大します。

■本画と下図を比較してみる―都路華香つじ かこうの日本画から

 つづいて、展示室の中で作品を鑑賞していきます。
 母島は海が身近にあるということから、まずは水中の生きものを描いた都路華香《水底游魚》《小下図「水底游魚」》を取り上げました。さまざまな魚が悠々と泳ぐ様子に、「これ何の魚?」「鯛がいる!」「いろんな魚がいて賑やか」と、見つけたモチーフや感じた印象をどんどん発言してくれました。
 屏風作品ということで正面だけでなく横から見た時の立体的な見え方も体験していきます。そして隣に展示された小下図にも近寄り、墨で魚や海老が写実的に表現されていることや本画と類似した構図が見られることなどを鑑賞しました。
 つづいて同じ作家(都路華香)による《埴輪》と《埴輪 大下図別稿》を見ました。こちらは最初に下描きである大下図から鑑賞を行いました。先ほどの《水底遊魚》とは異なり、本画とほぼ同じ大きさがあり、さらに上から紙を貼ったり線を引き直したりと作家の生々しい試行錯誤の跡が見て取れます。

都路華香《埴輪 大下図別稿》を鑑賞する 都路華香《埴輪》を鑑賞する

都路華香《埴輪 大下図別稿》と《埴輪》を鑑賞する

 そうした特徴を見ていった後に、「さあ、これをもとに最終的にはどんな作品が完成したでしょうか?」と問いかけ、隣に展示された本画のほうへとカメラを動かしていきました。すると、
 「かなり変わった!」「下描きと違う!」
と非常に驚いた様子の生徒たち。人物や埴輪の数や配置が変化していること、姿勢や衣服の色が変わったことなど、短い時間でもしっかりと作品の特徴を捉えたコメントが出てきました。また「人間や埴輪が減ったことで画面がすっきりした」と、表現上の工夫を分析する意見もあり、観察力と集中力の高さに驚かされました。

■立体作品を鑑賞する(鈴木治、宮永理吉、八木一夫など)

 後半は前衛的な陶芸作品のなかから、鈴木治《掌上泥象 海廿種》宮永理吉《海》八木一夫《妖精の信号のように》などを鑑賞しました。いずれの作品も最初はタイトルを明かさず、鑑賞しながら題名を考えていきました。
 宮永理吉の作品は、青磁の色合いや波紋の表現から海のイメージが思い浮かびやすかったようですが、「最初の波」や「かもめ」など海にまつわる20個の形が表現された《掌上泥象 海廿種》は、その抽象的な形からさまざまな意見が出ました。ある生徒は「見る人によって感じ方がぜんぜんちがう」ことが印象的だったと振り返っています。

宮永理吉《海》の鑑賞 鈴木治《掌上泥象 海廿種》の鑑賞

宮永理吉《海》と鈴木治《掌上泥象 海廿種》の鑑賞。正面から、横から、上からなど視点を変えながら鑑賞を行う。

 また別の生徒は「角度によって見え方が違って、思っていた形と違ったことへの驚きが印象的だった」と振り返っています。多くの生徒が“印象に残った作品”として挙げたのが、八木一夫《妖精の信号のように》でした。当初は鑑賞する予定ではなかったのですがカメラにこの作品が映り込んだ際に「あれが見たい!」という声が上がり、急きょプランを変更しました。
 生徒たちが興味を持った理由は、正面から見ると小型ビデオカメラのGoProに似ていたということで、身近なものとの類似性から作品への親近感をおぼえたようでした。しかし展示ケースをぐるりと回って側面や背面から鑑賞すると、その印象は一変。GoProでいう上の部分は実際には薄い形であったり、下側の太い持ち手のような部分は、横から見ると2つの湾曲した筒を組み合わせて作られています。正面のイメージから思い描いた全体像と実際の形との違いに、大きな驚きがあったようでした。

八木一夫《妖精の信号のように》(作品を横から撮影)

八木一夫《妖精の信号のように》(作品を横から撮影)

 今回はおよそ1時間の中で、日本画、工芸、西洋画、写真などさまざまなジャンルの作品を鑑賞し、活発な意見交換を行いました。活動の冒頭では、京都や関西の文化について「神社やお寺」「舞妓さん」「着物」といったイメージを持っていると話してくれた生徒のみなさん。活動後の感想からは、「絵から陶芸まで、様々な物があって、屏風など、古い文化の物から新しいような物があって面白いと思いました」や「美術館自体が1つの作品のような感じがするくらいキレイでソファとかもおもしろかった」など、それぞれが当館のコレクションや“美術館”へのイメージを深めたり、更新できたりしたようです。

■実施を振り返って

 母島中学校は、オンライン職場体験や科学館のVRコンテンツの体験など、外部機関や施設と連携した授業に積極的に取り組んでおられます。美術館の連携についても、たとえば2020年度には東京国立近代美術館ともオンライン鑑賞を実施されています(「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修15周年シンポジウム」のページから詳細をお読みいただけます)。当館もコロナ禍のなか、来館が難しい学校とどのように繋がれるかを試行錯誤していました。今回は双方が積み重ねてきた実践や失敗談などを共有しながら、実施方法や授業の内容を検討していくことができ、美術館としても大きな経験になりました。
 担当の先生とは約1カ月前にオンラインで打ち合わせを行い、コレクション展の会場をPCで映しながら一周してほぼ全ての作品を見ていただきました。その上で「海や魚に関連する作品には興味を示しそう」、「下図と本画の両方が展示されている作品は、下図の存在も含めてぜひ紹介したい」など、生徒の興味関心や反応を予想しながら、鑑賞作品や導線を相談していきました。
 そして本番の数日前には、当日と同じ通信環境・使用機材でリハーサルを行いました。ここでは作品の映し方について、たとえば全体から細部にクローズアップしていくのか細部から全体を見せるのか、下図と本画はどちらを先に見せると効果的かなどを細かく検討しました。また母島中学校側では他教科の先生も生徒役として参加くださり、タブレット上での見え方なども細かく確認してくださいました。生徒の様子・反応に応じて柔軟にコミュニケーションを取れる学校の先生と、展示作品や作家についての情報を持つ美術館。それぞれが相手の強みを理解したうえで、“任せられる部分は任せる”というスタンスで役割を分担していったことも、こうした連携が無理なく行えた要因だったと考えています。

(当館特定研究員 松山沙樹)

東京都小笠原村立母島中学校「オンライン修学旅行」実施風景

最後に、生徒のみなさんの感想を紹介します。

<生徒の感想(抜粋)>

・絵から陶芸まで、様々な物があって、屏風など、古い文化の物から新しいような物があって面白いと思いました。僕は、その中で特に、近代的な作品が印象的で、形や色などからは、タイトルがまったく想像できなかったのが多くあり、なぜ、そのようなタイトルで、このような色や形になったか、考えてみるのはおもしろいと思いました。(3年生)

・抽象的な作品の中には、自分が感じたことと作者の思っていることが全く違うことが多く、おもしろかった。人によって感じ取るものが異なるのが抽象表現のおもしろいところだと、あらためて思った。また、「下描き」も含めて作品なのだと思った。(3年生)

・最初の作品を見て、何がテーマかを考えた時、みな色々な予想をしていたけれど、誰も当たらないし、テーマを知っても思い浮かばないような作品が多くて、人によって感じ方が違うことを感じることができた。「絵」よりも「形」な作品が多くて、その形に色々な想像ができるのがおもしろいと思った。(3年生)

・今日は、オンラインで美術館に行って、色いろな種類の作品を見ることができました。美術館自体が1つの作品のような感じがするくらいキレイでソファとかもおもしろかった。またその人それぞれに個性や思っていることがあっておもしろかった。(2年生)

・見る人によって感じ方がぜんぜんちがうこと。作品の名前をあてるのはむずかしいこと。下描きとできあがったものがぜんぜんちがってびっくりした。(3年生)

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