ウグイス谷のラバーソウル

深夜3時、日付が変わって5月6日になった鶯谷の「東京キネマ倶楽部」。舞台を埋めつくすのはピーコックのように、レインボーのようにカラフルなゴムの衣裳を着込み、というより全身に被せて、思い思いのポーズを決める60人近くの「ラバーフェチ」。そしてその足元に群がる、さらに多くのカメラマン、というよりカメラ小僧。なんでラバーなのかって? それは5月6日が「ゴムの日」だから。そしてここが月にいちどの『デパートメントH』だから!

『デパートメントH』はアメリカン・コミックス・スタイルの作風で知られるイラストレーター・ゴッホ今泉が主宰する日本最大級の、もっともよく知られたフェティッシュ・パーティである。スタートしたのが「よく覚えてないけど、たぶん1991年から93年ぐらい」(ゴッホさん談)。なのでおよそ四半世紀、毎週第一土曜にほとんど欠かさず開かれているから、通算200回以上は開催されている、恐るべきご長寿イベントである。

フェティッシュのイベントというと、イギリスで1990年にスタートした『Torture Garden』がなんといっても有名だが、ゴリゴリの変態さんが集結するハードコア志向のイベントと異なり、デパHはハード派からソフト派、初心者、さらには「自分はぜんぜん変態じゃないけど、変態さんの写真を撮りたい」中年カメコ(カメラ小僧)まで、幅広く門戸を開放しているのがユニーク。

全身ピアスに革ビキニパンツの男がのし歩いてるかと思えば、ラバーの看護婦コスで写メ撮りあってる女の子たちがいたり、手づくりニューハーフ雑誌やDVD売ってるブースの、すぐ先の階段脇では「変態です」と書いたボール紙を首からぶら下げた男がひっそりうずくまってたり。そういう、ゴッホさんの作品そのままの明るくてポップで、フレンドリーでウェルカムな雰囲気が、これほどマイナーな分野に生きるひとたちを、これほど長いあいだ惹きつけてきたのだろう。

デパHはこれまで六本木、乃木坂、渋谷、青山、新宿と流浪の時期を経て、いまは鶯谷に落ち着いている。もともとグランドキャバレーだったこの場所は、3フロア吹き抜け、天高8メートルのステージにダンスフロアを備えたゴージャスな造りで、デパHのようなパフォーマンスをともなうイベントにはぴったりの空間だ。

5月6日の「ゴムの日」や、4月4日の「オカマの日」(お雛さまと端午の節句のあいだだから)など、季節に合わせたイベントも楽しいし、異色AV監督・中野貴雄さん率いるキャットファイト・ショーなど、定番コーナーを楽しみに来るひともたくさんいる。

「そりゃあ20年もやってきたから、いろんなことがありましたよ~」とゴッホさん。ストリップをフィーチャーしたステージで、熱烈ファンのリボンさん(ステージ脇で踊り子さんにテープを投げかけるひとのこと)が、そのステージ最後のリボンをさーっと投げた瞬間に、胸を押さえて崩れ落ち、そのまま心臓発作で亡くなってしまったこともあるそう。

急いで通路に運んで寝かせ、救急車を呼んだのだが、だれに聞いても知り合いがいなくて名前もわからず、仕方なく「リボンさん、大丈夫? 聞こえる?」と呼びかけながら回復を待ったものの、努力の甲斐なく・・「あれはまさに、戦士の最後という感じでしたねえ」と、スタッフ一同深く頷いていた。

デパートメントHの、そしてゴム祭の主役はもちろんステージ上のラバリストたちだが、写真をご覧いただければわかるように、ステージのかぶりつきに群がるカメコたちもまた、もうひとりの主役と言っていいほど、重要な役割を果たしている。開場数時間前から列を作り、入場するやいなやダッシュで好位置を確保。あとはお目当てのパフォーマンスが終わるまでポジションを死守しながら、ひたすらシャッターを押し続ける。

おそらく自身のブログぐらいしか発表の場はないだろうし、それすらもしないまま何年もデパHに通い続け、自分だけのアルバムを膨れあがらせ続ける、たくさんのカメコたちがいる。彼らが至近距離で浴びせるノンストップのシャッター音と、ストロボ光のシャワー。それがステージ上のパフォーマーたちを支え、煽り、鼓舞し、欲情させるのだろう。デパHの舞台とは、そのような交感の場でもある。そこにはプロフェッショナルな演技者の舞台を、客席に座って「鑑賞」するのとは決定的にちがう、エレクトリックな空気感が満ちているのだった。

デパートメントHのブログ

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