手だけが知ってる美術館 第2回 染織 実施報告

開催日
2019年3月30日(土) ①10:30~12:30 ②14:30~16:30
会場
京都国立近代美術館 1階講堂
参加者
①午前の部 10名(うち 視覚障害 有:1名、無:9名)
②午後の部 13名(うち 視覚障害 有:3名、無:11名)
イベント詳細
手だけが知ってる美術館 第2回 染織

【実施報告】

 「京都の染織 1960年代から今日まで」展に関連し、出品作家の野田睦美氏を講師に招いてワークショップを行った。
 まずは参加者全員で自己紹介を行い、続いて、タペストリーの歴史について野田氏より解説をいただいた。紀元前から存在するタペストリーは、十字軍が持ち帰ったことでヨーロッパでも広く普及し、お城の壁に掛けるなどして楽しまれた。さらに天然繊維のみならず、金属や樹脂などを含めて「細くて長い糸状のもの」はすべて"繊維"と捉えられ、近年では化学繊維を含めあらゆる素材をもちいた染織作品が増えていることなども紹介された。
 続いて、アイマスクを着けて野田氏の作品《南無不可思議光如来(なむふかしぎこうにょらい)》を手で触れて鑑賞した。本作はリハビリテーション病院のために制作され、さわって自由に変形できることを前提に作られており、絹糸、毛糸、ナイロン製ニット、ポリエチレン線、針金といった多様な素材が用いられている。今回はさまざまな方向からさわれるように、机に平置きして鑑賞を行った。

野田睦美《南無不可思議光如来-再生の輝き》野田睦美
《南無不可思議光如来-再生の輝き》
さまざまな素材が使われているさまざまな素材が使われている
撮影:衣笠名津美(以下すべて)

 鑑賞を始めるにあたっては、あえてタイトルや素材に関する情報はふせたままで、まず参加者に手を動かしながら素材や織り方による触感の違いを味わってもらった。「草鞋のように」力強く織られた部分もあれば、「人工芝みたい」な針金とナイロンの部分、絹糸の束が集まった繊細なさわり心地も。手を動かすほどに発見が増え、「ここにはこんな素材があった」「その手触り、こっちには見当たらないなあ」と、自然と対話が盛り上がっていく。「いろんな素材が使われているから色もカラフルだと思う」、「生成色かなあ」などと、手の感覚を頼りに色についても自由に想像を膨らませた。

まずは手前からそっと体験まずは手前からそっと体験
作品の裏側までじっくり触れてみる作品の裏側までじっくり触れてみる

 鑑賞がある程度進んだところで、野田氏から作品のタイトル《南無不可思議光如来》や素材に関して説明をいただいた。「光」という字から「もっと明るくキラキラした感じかも」と、色についてのイメージに変化が起こった方もあり、作品への興味が一段と増していった。そして最後にアイマスクを取ると、晴眼の参加者からは「おー!」という声が一斉に上がり、「思っていた色合いと違った!」「真ん中部分はもっと盛り上がっていると思ってたけど、見るとそう感じない」などの感想が次々に飛び出した。

 後半は手織りのショートマフラー制作を行った。今回は野田氏にご協力を頂き、視覚を使わない状態でも制作しやすいようにと、木枠に張られた6本の経糸に12本の緯糸を上、下、上、と順番にくぐらせて織っていくキットをご準備いただいた。緯糸は、主にアルパカとメリノのそのままの毛の色(ベージュ、薄茶、濃茶、グレーなど)による原毛(無撚糸)と三つ編み又は四つ編みに編んだもの。参加者は、毛の柔らかさやあたたかさ、ヌメ感、伸び縮みする感じなどの手触りを楽しみながら緯糸を選び、アイマスクを着けて織っていった。

経糸を選ぶ経糸を選ぶ
視覚を使わずに織り進める視覚を使わずに織り進める
完成したショートマフラー完成したショートマフラー
お互いに完成品を触ってみるお互いに完成品を触ってみる

 今回は「手だけが知ってる美術館」の第2弾として染織作品を取り上げた。鑑賞では、もともとさわって体験することを前提に作られた作品ということで、さまざまな素材が手の感覚を心地よく刺激し、参加者の対話が自然と盛り上がっていったのが印象的だった。さらに、作家から素材や技法について直接話を聞きながら鑑賞することで、目で見るだけ以上に作品についての理解が深まっていたようだ。後半のマフラーづくりの際も、手の感覚だけを頼りに織ることに難しさを感じた方もいたが、およそ半分の参加者はアイマスクを着けたまま最後まで制作を続け、まさに「手だけが知ってる」という状態で一連の活動を進められたことは大きな成果であったと考えている。

(文責:松山沙樹)

<主な感想>

眼でものをみている日常では、手の感じでものを認識することにはとてもこころもとないものです。作品を手で鑑賞してディスカッションするのは非日常でおもしろかったです。手で色を感じるというのが、想像力をそそります。

毛糸の手触りが非常に気持ちよく、楽しませて頂きました。見えませんが、色まで感じられるような感触でした。
(男性・視覚障害あり)

前半の作品鑑賞では、素材の違いを指先で見ることの面白さを感じました。見ない状態で色を想像することが私にはすごくむつかしく感じましたが、目をあけた時の驚きは、初めての感覚でした。後半は、目をつかっていないのに目がつかれた?変な感覚でした。
(30代・女性)

触覚だけで織る体験はたいへん新鮮でした。アルパカはヌメ感まであり、手触り良かったです。
(女性)

織物は、タテ糸と横糸という単純な構造ながら、先生の作品をみて色々な可能性があることを知りました。
(30代・女性)

今回、初めて感覚をひらくワークショップに参加しました。とても楽しく参加させてもらいました。 視覚に頼らずに作品を作るのは、すごく意識を集中させる作業でしたが、感覚を楽しめてよかったです。 スタッフの方も、気軽に声をかけて下さり、安心して楽しく作ることができました。 アルパカやメリノウール、原毛など、それぞれの手触りや、匂いなどもおもしろかったです。
(50代・女性)