ワークショップ 「美術館ってどんな音 つくって鳴らそう建築楽器」実施報告

開催日
2018年2月11日(日・祝) 11:00~14:00の間(所要時間90分)
会場
京都国立近代美術館
参加者
35名(視覚障害 有:11名、無:24名)
*事前申込制先着30名(10名程度の3グループに分かれて実施)
イベント詳細
ワークショップ「美術館ってどんな音 つくって鳴らそう建築楽器」

【実施報告】

木製の棒で叩いて素材の音を聞く 木製の棒で叩いて素材の音を聞く

見ていたものの、「音」を聞いてみる。

 視覚に依らない美術鑑賞の方法を目指そうという実験的な取り組みとして、「音」をテーマとしたワークショップを開催した。鑑賞の対象としたのは、美術館の「建築」である。

 このワークショップは、本年度実施した2回のフォーラムの成果を踏まえて企画された。第1回フォーラム(2017年10月7日実施)では先行事例の紹介を通して、その試行錯誤のなかで得た知見を報告して頂いた。続く第2回フォーラム(2017年12月16日実施)では美術作品に触れ、鑑賞後の対話を通して、見える人・見えない人の鑑賞体験の違いを知るという機会を設けた。

鑑賞の対象とした「建築」

 こうした経験を踏まえて実施される今回のワークショップでは、見える人も、見えない人も、「音」という共有できる鑑賞体験を通して、美術館の建築を鑑賞してみようという試みであった。当日は35名が参加し、全体を3つのグループに分けて実施した。鑑賞の対象として当館の建築を選択したのには、そこに多種多様な建築材料が用いられていることによる。

 ワークショップの舞台となった京都国立近代美術館の建築は、昭和61年(1986年)に建築家・槇文彦氏の手により設計された。外壁に張り付けられた、ポルトガル産の花崗岩が美術館の基色を成す。こうした、石材を多用するという設計は、ほかの現代建築ではあまり見られない。一方で、現代的な素材であるアルミで、グリッド状に窓枠を設け、ガラスが嵌め込まれている。また、内壁には大理石が張り付けられているなど、さまざまな材料が、手に触れられる位置に、ふんだんに用いられている点で、素材の違い、あるいは利用のされ方を理解するには適していた。

ワークショップの方法

さて、ワークショップは、「知る・感じる・つくる」の3ステップを通じて実施した。それぞれのステップを以下、順に説明する。

ロビーの窓際で、音を鳴らす ロビーの窓際で、音を鳴らす 当館の建築模型に触れる 当館の建築模型に触れる

ステップ1「建築は、どんな音がしますか?」

 最初に、参加者に建築というテーマに実感を持ってもらうため、身の回りに存在する建築の音をイメージしてもらうことからはじめた。たとえば、雨が屋根や窓に当たる音、あるいはドアをノックする音、カーテンを閉める音など、建築の素材が発する「音」を頭に思い浮かべてもらい、イントロダクションとした。

 その後、ロビーの窓際に移動し、横一列になって、さっそく音を鳴らす活動をおこなった。まず手触りを確かめ、その後に、小さな球のついた木製の棒で叩いて素材の音を聞いてもらいながら、適宜研究員が、材料の説明を加えていった。例えば、先述の花崗岩については、別名を「御影石」といい、墓石に使われる石としても良く知られている。しかし、その仕上げによって墓石のようにツルツルにも、当館の外壁のようにザラザラにもなる。そうした肌理(きめ)の違いを体感してもらうことで、建築家がそうした材料の使い方にまで、検討を行っていることを理解してもらいたいと考えた。

 また本ワークショップにあわせて、1メール大ほどの大きさがある、触ることのできる当館建築の模型も用意した。これは、ABS樹脂という、車のバンパーなどに使われる素材で製作し、耐久性の高いものとした。実際の建物に触れただけでは分からない、空間の連なり方や、当館の特徴でもある大階段の様子などを理解してもらうことを目的として、製作を進めたものである。こうしたツールも補助的につかいながら、このステップでは「知る」ことを中心として進めていった。

音と手ざわりで、建築を体感する
音と手ざわりで、建築を体感する 同じ素材でも、場所によって音が違う
同じ素材でも、場所によって音が違う

ステップ2「音だけを頼りに空間把握」

 一方で、このステップでは「感じる」ことに重点をおいた。

 まずは、エントランス脇の階段室に移動して、素材や大きさによる音の違いを、あらためて楽しんでもらった。また、ロビーとは異なる、こぢんまりとした空間での音の響きなど、空間の広さと音の違いも感じてもらえたと考えている。さらに、丸い形にくり抜かれた壁や、四階まで伸びる二本の柱についても紹介し、建築のデザインについても身近に知ってもらった。

 その後、棒を手に、音だけで自分のいる空間をイメージしてもらうという体験をおこなった。晴眼者にはアイマスクを配布して、見えない人も見える人も同条件のもとで、美術館の外でこの体験をおこなった。館内でアイマスクを着けた後、学生スタッフの手引きによって、外へと歩み出すわけであるが、目隠しをした晴眼者は慣れない状態に、想像以上の恐怖心があったようだ。しかし、普段以上に自然と感覚が研ぎ澄まされるという体験は、たいへん新鮮だったようだ。他方、視覚障害のある方は積極的に手を伸ばして、音の違いを楽しんだり、鋭く張りだした外壁の一部をさわって驚きの声を上げたりしていた。

 また、館内に戻るまでアイマスクを外させず、最後まで実際に歩いた場所も教えなかった。それは単純な「答え合わせ」となってしまうことを避ける狙いもあった。そこでの経験はあくまでも、建築材料の音に耳を澄ませて、普段とは異なる建築のイメージを膨らませてもらうことにあったからだ。また、視覚に障害のある方にとっては、そうした、機能的には不要な部分に、あえて触れるきっかけをもったことで、建築における意匠の存在を知る契機となったようだ。

「建築楽器」を製作
「建築楽器」を製作 建築材料のピースで作る「建築楽器」
建築材料のピースで作る「建築楽器」

ステップ3「つくって鳴らそう建築楽器」

 最後に、ワークショップで得た体験を、記憶に留めることを目的に、各自が「建築楽器」を製作した。これは木の台に、美術館でも使われている花崗岩やコンクリートなどの材料を、3~4センチ程度の板状に小さくカットした建築材料のピースを貼り付けていく、木琴のような楽器である。なかには、額縁の端などを切ったものなど、建築材料に限らず用意した。参加者のなかには、用意したコンクリートのピースを叩いて割ってしまう方などもいたが、その意外な脆さを知ってもらうこともまた、新鮮だったのではないだろうか。

 こうした様々な種類のピースを用意することは容易ではなかったが、今回、近畿大学建築学部建築学科助教の山田宮土理氏に多大なる協力を得たことで、実現することができた。実際に、近畿大学学生とともにコンクリートのピースを打設してくださるなどしてくださった。山田氏は、建築材料、特に日本の伝統工法である小舞土壁を専門としている研究者である。土壁塗りのワークショップも実施されているといった経験から、建築の材料という少々専門的なテーマについても、分かりやすく説明してくださった。

全体を通して

 以上、3つのステップを通して、ワークショップを3回に分けて実施した。参加者の反応から、普段あまり意識することのない「建築」というテーマも、単純にレクチャーを聴くなどして学ぶのではなく、音を通して知るという能動的な活動へと転換することで、その取っ付きにくさを拭うことが出来たと考えている。素材だけでなく、その形によっても音が変わるということを知るだけでも、大きな驚きがあったようだ。同じ素材を、位置を変えながら何度も叩いている参加者の姿は印象的であった。

 一方で、課題もある。建築という、ヒューマンスケールを超えたその全体像を、理解してもらうことには至らなかった。前述のように、ワークショップに合わせて製作した「さわる模型」は、見えない人に建築の全体像を理解してもらう補助的な役割に、その製作意図があった。今回は、ひとりひとりが、模型を手で触れながら、頭の中で、建築の全体像を作り上げていくために十分な時間を取ることが出来なかったと考えている。そもそも、いま、この模型のどこに立ち、どちらを向いているかという、模型の中に自分を重ねるというプロセスは、介助者の説明なしには難しいと考えられた。その点は、今後の同様の活動を行うにあたっても課題となるであろう。

 以上のように、今回のワークショップは、実寸大の建築と向き合う体験を提供するものとなったが、結果としてそれが建築の全体像を理解するに至ることが出来た訳ではない。しかし、いわゆる「建築ツアー」などの鑑賞体験が、建築の歴史や特徴を言葉によって伝えるという一方向の経験であるのに対して、今回のワークショップでは参加者自身の主体的な体験へと誘うことが出来たことは、本事業の枠組みであるからこその成果だったと考えている。課題を抱えながらではあるが、今後も、新たな美術鑑賞の方法を、挑戦を通じながら、少しでも拡張していきたいと考えている。

(文責:本橋仁)

<主な感想>

音の認識を改めて考えさせられました。安心に感じる音もあるのだなと思いました。楽器として形にすることで、記憶にずっと残ると思います。すばらしいワークショップのアイデアだと思います。

目以外のほぼ全てを使って建物を"見る"ことが出来てとても興味深く、面白かったです。建物の見せ方、とても勉強になりました。

建物として叩く時と、楽器として叩く時で少し音が変化したのが面白かった。触る、叩くの2つが体感できる楽器なので、たくさんの人に見てもらえる所に置こうと思います。

参加した目が見える人たちにとっては、今回の経験がどのように感じられて、これまでの経験や考え方などと照らし合わせて、どのようなものだったのか、差し支えのない範囲で、できるだけ詳しく伺ってみたり、お互いの見方や感じ方を、少しずつでも共有したりしていけたらとは感じている。

風と音の流れをとても感じることができました。手で広がりを知り、数センチ先の世界も未知にあふれていました。その分感動が大きかったです。

見えると音がある程度想像できるが視覚の方に意識がいっていたのか、みえないときは音がとてもクリアに聞こえた。歩くのがこわかった。バチが杖の代わりになって空間をなぞることで少しずつ慣れていく身体感覚が面白かった。

素材毎に違う音がして、普段聴いているつもりでも、いざ叩いてみると違う音がして楽しかった。1つの建物が多くの素材でできているのが耳で分かって面白かった。