マイ・フェイバリット——とある美術の検索目録/所蔵作品から
   とある種別の検索目録、あるいは【その他】への誘い


以下は京都国立近代美術館・所蔵作品目録VIII兼「マイ・フェイバリット——とある美術の検索目録/所蔵作品から」展覧会カタログの巻頭に収録した序文です。



国立近代美術館京都分館(1963年発足)から京都国立近代美術館となった1967年、わずか4点の美術作品と223点の工芸作品から開始された当館の収蔵品は、2010年3月の時点で、約1万点に迫る大きなものに成長しました1
その生い立ちを啓蒙主義の時代まで遡ることのできる博物館、その発展的一形態として定義される美術館および「近代美術館」では、作品・資料の収集と蓄積、そしてその分類と整理・系統化が重要かつ基本的な作業であることは言うまでもありません。所蔵作品・資料の分類作業が美術館にとって不可避なものであるが故に、どのような分類項目(分類する名詞)を採用するかは、美術館の性格を形成する過程に少なからぬ影響を与えることになります。日本の国立美術館では大まかな集合としての【概要区分】と、さらにそれを細分化する【種別】によって2段の階層化を行い、そこでは、表現の集合的「性格」を要約する概念的な名詞を用いる分類、または、作品の「技法」を指し示す名詞を基本に細分化する手法が採用されています。多くの美術館では両者を混合/折衷する分類が行われており、当館の場合も技法別分類を基本としながらも、ごく常識的な折衷的分類方法を採用してきました。
しかし細分化されている当館の分類群2の中に、【その他】(Non-Category)という謎めいた分類種別が存在することはあまり知られていません3。興味深いことに、常套的な分類種別を適用することが困難な作品を「暫定的」に分類するために1978年度から設けられたこの種別の最初の登録品は、マルセル・デュシャンの《ヴァリーズ(トランクの中の箱)》(1955–68)でした。種別【その他】には、収蔵時点で美術作品として広く認知されているとは言い難かったもの、複数の技法を駆使するもの、明白に分野横断的な問題を志向しているものなど、分野や技法が重層的に重なる作品・資料が多く分類されており、当館の種別【その他】は、私たちが近・現代の美術表現の多様さを理解する上でとても有益な手掛かりを提供してくれます。
ではなぜ、美術館の専門性を棚上げするかのような【その他】という種別が必要なのでしょうか。種別【その他】が設けられたのは、複数の技法を用いる作品・資料が増加し、技法別分類の困難さが増してきたことだけが理由ではありません。この図録巻末の「種別【その他】登録作品」を通観していただければ、それらの多くが、一般的に了解されている種別(名詞)に収まりきれない「別の何か」であることが分かります。言い換えればこれらは、安定的な分類種別(美術館の常用名詞)から排除された一群であるという側面があります。当館の先輩諸氏が、分類困難な作品群に常套的な名詞を与えることをためらい、曖昧なまま残すことを選んだことは、きわめて自覚的で積極的選択であったと理解することができます。それは曖昧さの中に含まれる可能性を惜しみ愛したことであり、当館の歴史は、曖昧な「別の何か」をそのまま残すことをも、その使命の一つとしてきたと言うことができます。
少なくとも「近代美術館」という制度に関わる専門家たちは、1961年にデュシャンが「(……絵具は工業製品であるから)世界中の全ての油絵は、手を加えたレディメイドであり、アッサンブラージュの作品だ」4と語った言葉の含む意味を理解した上で仕事を続けています。つまり、美術作品・資料の分類の細分化の作業が「既に私たちが知っている名詞との同定/再確認」という考古学的作業に陥る危険を自覚しつつ、既知の作品・資料の再配置や名称(名詞)の付替えから生まれてしまう無数の物語を取捨選択する作業をしているのです。それはまた、「作品は過去に向いて閉じているのか、あるいは現在と未来へと開いているのか」という、ほとんど解答不能な疑問を常に抱き続けていく営みでもあります。いま社会資産としての美術作品・資料のデータベース化が進行する過程において、美術館における分類項目は統合化(均一化)と同時に更なる細分化が迫られています。この際限のないタイトル・タグ化の流れの中で、当館の種別【その他】は、固定化ではなく変化の可能性を孕む、一時避難の場所としてさらなる積極的意義を見出しつつあります。当館にとっての種別【その他】は、美術作品・資料が「閉じたテキスト」であるのか、あるいは、鑑賞者や解読者にとって「書き込み可能な開かれたテキスト」なのかを問い続ける可能性を保存する、希望の種別だと説明するのは言い過ぎでしょうか。
近代美術館という制度が編纂してきた、「近代美術史」というメタ物語が、20世紀の偉大な文化的成果であることは間違いありません。しかし、種別【その他】の作品・資料群が他種別の作品との意外な関係を結ぶとき、今まで私たちが気付かなかった、「近代美術史とは別の物語」を語り始めることがあります。暗喩としての当館の種別【その他】は、系統樹化された情報ではなく、初歩的なオブジェクト・データベースに例えることができます。種別【その他】の検索にはキーワードではなく、「より非言語的で身体的な何か」でアクセスすることが有効かもしれません。現時点ではその何かを、美術館が普遍性のある指示書として提供することはできません。今回の展覧会のタイトルに「マイ・フェイバリット」5という、一人称+極めて主観的な言葉を用いた理由は、「何か」の発見は一人一人の意志と営為に依存するしかないという思いが込められています。
本展図録は、できるだけ忠実に会場構成を再現するレイアウトを目指しています。図版の配列は、種別【その他】の作品群とそれらと親密な関係にある他種別の所蔵作品と資料とを合わせ約300点を展示する本展を解読するための重層的な検索目録であると同時に、鑑賞者や読者が、近代美術史とは別の、「とある美術」の物語を発見するための検索目録となることをも目指しています6。この展覧会を機会に、2010年3月23日現在の種別【その他】の全目録を付けた本図録を、京都国立近代美術館・所蔵作品目録VIIIとして刊行します。

2010年3月
京都国立近代美術館・学芸課長
河本信治


1  1966年度末の所蔵状況は、工芸223点(陶芸136、金工28、漆工30、染織20、木工5、竹工3、人形1)および美術作品4点(油彩1: 石垣榮太郎《鞭うつ》1925年、版画1: 磯辺行久《作品63-45》1963年、彫刻2: エミリオ・グレコ《うずくまる裸婦》1961年、および森川杜園《春日白鹿》1868年)。2010年3月末での登録件数9,679件。
2  2010年3月末での京都国立近代美術館の美術品種別区分は、概要区分【絵画・彫刻】(種別: 日本画、油彩画、水彩画、素描、版画、彫刻)、概要区分【工芸】(種別: 陶芸、金工、漆工、木工、竹工、ガラス、染織、人形、ジュエリー)、概要区分【書】(種別: 書)、概要区分【写真】(種別: 写真)、概要区分【その他】(種別: その他)、概要区分【資料】(種別: 資料)となっている。
3  2010年3月末での種別【その他】の登録は317件。
4  マルセル・デュシャン著; ミシェル・サヌイエ編; 北川研二訳『マルセル・デュシャン全著作』未知谷 pp. 288–89
5  本展のタイトル「マイ・フェイバリット——とある美術の検索目録/所蔵作品から」の副題は、電子辞書リーダース英和辞典でIndexの訳として「蔵書目録」と同時に「禁止物リスト」とが表示される事実の「発見」と、若者の間で人気のノベル+コミックのタイトルをデュシャン的手法で「発見」した結果として生まれました。
6  「とある美術の物語の発見」は、近代美術史編纂の過程で排除されてきた曖昧な物語を復活させる危険を含みます。



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