ル・サロン(1667−1881)の巨匠たち フランス絵画の精華

 本展は、1667年に始まり1881年までフランスの各時代の政権主催で開かれその後民営化された「サロン」という展覧会の制度と、この視点から捉え直したフランス美術を紹介した展覧会である。

 サロンという枠組に従って構成された本展は、1960年頃から始まったフランス美術史、ひいては歴史観に関する問い直し作業の成果を具体化したものである。それは、フランス美術史、とりわけ19世紀後半以降の絵画史が、サロン外でもっぱら活動した印象派やポスト印象派の絵画、これに続いて現われた象徴主義、フォーヴィスム、キュビスムなど、新しい流派や運動の記述に偏っており、さらにこの歴史記述がしばしば進歩史観に拠った歴史の産物である、つまり「新しさ」や「進歩」という観点から作家や作品が選別され美術史の言説が形成されてきたという認識のもとに、このような史観によってふるいおとされ図式化される以前の、より公平な視点からとらえた美術活動の現場を蘇えらせ読み直そうとする試みである。

 このような観点に立って、本展は17世紀から20世紀初頭までのサロンに出品していた画家達109名の作品122点を展示し、サロンという制度を紹介しその変遷をたどりこの枠組の中で明らかとなる次のようなフランスの美術の展開を紹介した。

 1.現代においても受容され価値ある偉大な作品を残した巨匠達、あるいは20世紀美術の展開を導いたという意味での近代画家達のみでつづられる美術史が、歴史の現場をこのような特定の観点から捉えた特殊な言説であること。フランスの美術活動の現場は、実際のところ、伝統的なもの、新しいもの、折衷的なものと複数の趣味が共存し互いに反発しあい作用しあうという極めて重層的かつ複雑な形で動き続けたこと。

 2.フランス美術の歴史が、自己反省的に、つまり自律的に展開したのではなく、王権体制の確立とその交替・中産階級の力の拡大・フランス革命・共和体制の成立など、政治や社会構造の変化のただ中で繰り拡げられたこと。

 3.アカデミー会員のみが作品を発表していた17世紀サロンから一般に開放された19世紀サロンへと移行するにつれて、趣味の多様化が進行していったこと、つまり新しいものと古いもの、全く異質な、ある時は対立しあう趣味がひしめきあうという矛盾の許容へと向かったこと、19世紀の近代絵画は実はこのような時代状況の中で育まれたこと、などである。

 最後に、本展のもうひとつのテーマは、日本近代美術の源流を探ることにあった。19世紀末から多くの日本人がヨーロッパにわたってヨーロッパ絵画を研究し帰国していわゆる「洋画」というジャンルを日本で形成したが、19世紀後半以降のフランス美術は、この「洋画」の源流のひとつとなった。本展には19世紀日本の洋画家達の師事したフランス画家の作品も含まれており、日本の画家達が入りこんでいったフランス美術の状況(サロンの主役となったアカデミーの絵画が17世紀以来の伝統をひきつぎながら印象派等新しい世代の影響をうけて大きく変貌しつつあったという文脈)も紹介した。

 展示は、次の6期に分けて行った。Iルイ14世時代、IIルイ15世時代、IIIルイ16世時代から第二次王政復古時代、IV7月王政ルイ・フィリップ時代、V第二共和制と第二帝政時代、IV第三共和制時代で、これに伴うサロンの制度や趣味の変化を説明する解説パネル、および年表を会場に設置した。また展覧会の趣旨、パネルと同一の年表と各時代の解説、そして各作品の主題を中心とする解説を掲載した小冊子(鑑賞のてびき)を作成した。

会期
6月6日(火)〜7月16日(日)
入場者数
64,392人(一日平均1,789人)
共催
日本経済新聞社
出品目録
作者名 作品名 制作年 材質・形状等
シャルル・ル・ブラン キリストのエルサレム入城 1689 油彩・画布
ピエール・ミニャール 贖罪の寓意のある聖家族 1650〜55
ノエル・コワペル(伝) ゼフェロスとフローラ 不詳
ニコラ・ド・ラルジリエール ロアン公爵夫人、アンヌ=ジュヌヴィエーヴ・ド・レヴィ=ヴァンタドゥールの肖像 1696
ボン・ブローニュ(兄) アンフィトリテを凱旋車で宮殿に連れていくネプトゥヌス c.1699
アントワーヌ・コワペル 気を失うエステル 1697年以前
ヘラクレスとアルケースティス 1700
イアサント・リゴー 王の衣裳を着けた5歳のルイ15世 1716
ルイ・ド・ブローニュ(弟) 狩りを終えて休息するディアナとニンヌたち 1707
フランソワ・デポルト 孔雀と葡萄 不詳
ルイ・ガローシュ アンジェリカとメドーロの恋に気づいたローラン 1733
フランソワ・ド・トロワ 未来を占ってもらう女の肖像 不詳
ジャン=マルク・ナティエ メドゥーサの首を見せてフィネウスを石に変えたペルセウス 1718
ジャン=マルク・ナティエ フローラに扮したルイ15世の娘、アンリエット・ド・フランスの肖像 c.1742
フランソワ・ルモワーヌ 水浴する女とその侍女 不詳
イアサン・コラン・ド・ヴェルモン メルクリウスによってナクソス島のニンフたちに預けられるバッカス 1725
ジャン・レストゥー(2世) アレクサンドルの前に王の衣裳を身につけて現われたアブドロニーム c.1738
ジャン=バティスト・ウドリー 野ウサギ、キジ、アカシイワシャコ 1753
ルイ・トケ 飾りをするダンジェ夫人
ピーエル・シュブレイラス 正義 油彩・画布
エチエンヌ・ジョラ パトロクロスの死の復讐に出かけるアキレウス c.1738
アントワーヌ・ボワゾ アポロンとレウコトエ 1737
シャルル=ジョゼフ・ナトワール 金の雨に変身したユピテルを受けとめるダナエ 不詳
ジァン=シメオン・シャルダン 西洋すももの果物かご c.1759
ジョセフ・ヴェルネ ローマのサンタンジェロ城 1745
フランソワ・ブーシェ 狼から逃げるシルヴィア 1756
カルル・ヴァンロー 聖グレゴリウスのミサ c.1765
ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー ドニ・ディドロの肖像 1767
ノエル・アレ 恋の危険(ヘラクレスとオンファレ) c.1759
ジャン=バティスト・マリー・ピエール エジプトへの逃避 1761
ジャン=バティスト・ペロノー 画家の自画像 c.1745
ジョセフ=マリー・ヴィアン ガディスに上陸してヘラクレスの神殿でアレクサンドル大王の彫像を発見したカエサル 1767
アレクサンドル・ロスラン オペラ座のフローラ 不詳
ジャン=バティスト・グルーズ 花を持つ羊飼いの少年 1760
ルイ・ラグルネ(兄) アレクサンドル大王の寵姫に恋したアペレス 1772
ニコラ・ベルナール・レピシエ ケンタウロスのケイロンから音楽を教わるアキレウス c.1769
ジョゼフ=シフレ・デュプレシス ミッシェル=ポール=ギィ・ド・シャバノンの肖像 c.1785
ピエール=アントワーヌ・ド・マシー 1787年のトゥール景観図 1878
ニコラ=ギィ・ブルネ スキピオの自制 1788
ジャン=オノレ・フラゴナール 聖家族の休息 不詳
ユベール・ロベール 古代の神殿 不詳 油彩・画布
フィリップ=ジャック・ド・ルーテルブール 騎兵隊の交戦 1767
フランソワ=アンドレ・ヴァンサン 野営地での暴動を鎮圧するゲルマニクス 1768
ジョセフ=ブノワ・シュヴェ エルミニアに救われるタンクレディ 不詳
ジャック=ルイ・ダヴィッド 《ホラティウス兄弟の誓い》中の父親のための最初の構想 不詳
アントワネット=ガブリエル・ダントンの肖像 1793
ピェール=アンリ・ド・ヴァランシェンヌ 泉に変ったビュブリス c.1793
水に映る姿にみとれるナルキソッス c.1793
ジャン=バティスト・ルニョー ヴィーナスとアドニス 不詳
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン 王妃マリー・アントワネット 1783
アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン 兄弟達に認められるヨセフ 1789
フランソワ=ジェラール 兄弟達に認められるヨセフ 1789
ジョルジュ・ミッシェル パリ近郊の風景 不詳
ピエール・ブイヨン 子供と運命の女神 1801
ジャン=オーギュスト=ドミニック・アングル アガメムノンの使者たちを迎えるアキレウス
グランド・オダリスクのための習作 1814
ピエール=ナルシス・ゲラン カイロでの反徒を許すボナパルト c.1808
エウリュディケの墓にもたれるオルペウス 不詳
フルーリ・リシャール 牢獄のタッソーを訪問するモンテーニュ 1821
フランソワ=マリウス・グラネ ローマのシャルトルー会修道院の回廊 1835
エクスの聖ソヴール大聖堂の回廊 不詳
ピエール=ノラスク・ベルジュレ 1576年ヴェネツィアにおいてペストにより死亡するティツィアーノ 1832
フランソワ・エドゥアール・ピコ レダと白鳥 1832

作者名 作品名 制作年 材質・形状等
アリ・シェフェール 十字架のもとのマグダラのマリア 1845 油彩・画布
テオドール・ジェリコー リゴー作《婦人像》の模写 1812〜16
ユージェーヌ・ドラクロワ 十字架上のキリスト 1835
イッポリート・フランドラン トロイアに対するギリシャ軍の動きを見張るプリモアスの息子ポリテース 1834
ユージェーヌ・ル・ポワットヴァン 漁師達の帰還 1835
ユージェーヌ=エマニュエル・アモーリー=デュヴァル イゾール・シャセリオーの肖像 1838
アレクサンドル・エス 果物を運ぶ若い娘(習作) 1838
オーギュスト=ゲルマン・ボーン クレオパトラ 1841
レオン・コニエ 死せる娘を描くティントレット 1843
ギョーム・ボディニエ ナポリの復讐 1845
ジョゼフ=デジレ・クール ジェルマンの留守に気晴らしをしようとするリゴレット 1844
ユージェーヌ・イザベイ アルバ公のロッテルダム到着(1567年)
マルク=ガブリエル=シャルル・グレール 伝導者たちの旅立ち 1845
カミーユ・コロー コロニーの小丘から見たジュネーヴの眺め 不詳
コンスタン・トロワイヨン フォンテーヌブローの森で c.1848
ジャン=フランソワ・ミレー 子供に食事させる女(パン粥) 1861 油彩・画布
ナルシス=ディアズ・ド・ラ・ペーニャ フォンテーヌブローの森 1867
アンリ・レーマン ダグー伯爵夫人の肖像 1843
トマ・クチュール 金への渇望 1844
テオドール・シャセリオー カバリュス嬢の肖像 1848
フェリックス・トリュタ 休息と欲望 1845
ジャン・レオン・ジェローム アナクレオンとバッカスとキューピッド 1848
ポール・ボードリー アラスク川のほとりで牧人たちに発見されたゼノビア 1850
レオポルド・ビュルト オフェリア 1852
ジャン=ピェール・アレクサンドル・アンティニャ やむおえない停止 1855
シャルル=フランソワ・ドービニー オワーズ川の朝の印象 1866
ユージェーヌ・フロマンタン ケンタウロス達 1868
騎兵の曲芸、アルジェリア 1869
ギュスターヴ・クールベ オルナンの岩山
ピュイ・ノワールの小川 不詳
エルネスト・エベール 裸婦と灯心草 1871
〃カトリーヌ・ド・ブシャージュの肖像 1879
フェリックス・ズィアン アムステル河のほとり c.1852
ジュール=エリー・ドローネー メスタエル婦人の肖像 1871
ジャン=ポール・ローランス 法王フォルモスとステファヌス7世 1870
女帝イザベラ・デ・ポルトガルのひつぎの前のフランシスコ・デ・ボルジア 1876
ギュスターヴ・ブリヨン アルザスの婚礼の行列(父の家に到着した花婿花嫁) 1873
アントワーヌ・シャントルイユ 牝鹿のいる林間の空地 1856
ウィリアム・ブーグロー フローラとゼフェロス 1875
青春とアムール 1877
アレクサンドル・カバネル エドゥアール・エルヴェ夫人の肖像 1884
レオン・ボナ ジュール・ラバの肖像 1862 油彩・画布
ジュール・ラバ夫人の肖像
アルフォンス・ルグロ 奉納画 1860
アンリ=レオポルド・レヴィ エロディアッド 1872
ジュール・ブルトン 雷雨 不詳
ポール=デジレ・トゥルイユベール ハーレムの女中 1874
ジァン=ジャック・エンネル 某夫人の肖像、通称「雨傘をもつ婦人」
ギュスターヴ・ドレ 曲芸師達(傷ついた軽業師)
カルヴァリオの丘(キリスト磔刑図) 1877
ルイ・エクトール・ルルー 79年8月23日ヘルクラネウム 1881
シャルル=アレクサンドル・コエサン・ド・ラ・フォス ディアナ 1889
ギュスターヴ・モロー 一角獣 c.1855〜90
エドゥアール=ベルナール・デバ=ポンサン エフテの娘 1876
ジャン=シャルル・カザン アガルとイシマエル 1880
リュック・オリヴィエ・メルソン エジプトでの休息 1880
ジョゼフ・ヴィルクレール アッチラの死
アンリ・ジェルヴェクス ローラ 1878
ジョルジュ・クレラン パリ近傍での田園の祭り 1891
フェルナン・コルモン 人類 1897
ラファエル・コラン ドレフュス夫人の肖像 1891
シャルル・カロリュス=デュラン オーギュストゥス・コエ・ガーニーの肖像 1910

新人雑誌関係記事
新聞記事
日経/6月2日(池上忠治)、6月12日(能村龍太郎)、6月13日(麻路さき)、6月14日(野口栄子)、6月15日(ミッシェル・ワッセルマン)、6月24日、7月1日
毎日/6月8日(夕)、6月15日(上倉庸敬)
朝日/6月6日、6月22日(夕)、6月24日(夕)
読売/6月1日
京都/6月21日(夕)、6月24日
中日/6月14日
産経/6月22日
MK新聞/6月7日
雑誌記事
日本美術工芸 1989年9月号
ARTWORLD 1989年6月
文化庁月報 1989年6月 No.249

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