マチス、ミロ、ピカソら巨匠による 近代插絵
   併陳:見えない敵−伝染病

 ヨーロッパにおける插画本の歴史は、中世の手写本ミニアチュールの華麗な遺産に見られるように、古く且つ豊饒なものであった。写本師たちは、絵画的工芸的技術の粋を尽くしてこれらの豪華な書物に装飾を施したが、ルネッサンス以降は、印刷術の発達とともに、插画は書物の内容を出来るだけ忠実に、正確に図説するという、いわゆる「絵解き」をその主要な目的として描かれるようになった。

 然るに、18世紀に入ると、殊にフランスに於いて、少数の書物愛好家たちが一種の愛蔵品として、美しく装飾され插画された本を求める気運が興り、愛書家協会(ソシエテ・ビブリオフィール)が結成された。一方、画家たちの間にも、19世紀になると版画を彼等の表現の重要なメディアとして制作する傾向が著しくなり、ドラクロワ、ゴヤ、トゥールーズ=ロートレック、ボナールなど、今世紀の插画本に匹敵する仕事を遺した画家も少くない。

 愛書家協会の会員など、ごく限られた人々を対象とした限定出版の書物は、18世紀以降も引きつづき出版されていたが、19世紀末より、当時最大の画商であったアンブロワーズ・ボラール、1910年代、20年代の若い画家や彫刻家の作品を紹介し、蒐集したダニエル=アンリ・カーンワイラー等が多くの插画本を手がけた。ピカソ、グリス、ローランスらキュビスムの画家、ヴラマンク、マチスらフォーブの画家、ルオー、シャガールら表現主義の画家たちが彼等に插画を依頼された。1930年代にはスイスのアルベール・スキラが古典をテキストに、ピカソやマチスの美しいエッチングによる插画本を、また、1940年代末にはパリのテリアードが華麗なマチスの《ジャズ》やルオーの《ミゼレーレ》を出版するなど、20世紀の前半には、出版者と画家の連繋による、一つの美術品制作が、書物を舞台に展開された。

 この展覧会では、插画本が内容的にも最も充実していた1910年代より1950年代までの約40年間の插画本の状況を、約30冊の書物によって紹介した。

 なお、この展覧会にはフィラデルフィア美術館所蔵作品による『見えない敵−伝染病』という小展覧会が併行して開かれた。これは1985年6月23日より6月28日まで国立京都国際会議場で開催された国際化学療法学会議に因んで開かれたもので、フィラデルフィア美術館所蔵のアルス・メディカ・コレクションの中の15〜20世紀の伝染病に関する版画、ポスター24点が選ばれ紹介された。

会期
5月29日(水)〜6月30日(日)
入場者数
総数 7,490人(一日平均 258人)
出品目録
近代の插絵
作者名 書名 出版者 出版年 技法
ワシリー・カンディンスキー 響き R.ピーパー(ミュンヘン) 1913 色版木版、黒白木版
小さな世界I〜XII プレピーレン(ベルリン) 1922 リトグラフ、木版、エッチング
パブロ・ピカソ (マックス・ジャコブ著)エルサレム攻囲 アンリー・カーンワイラー(パリ) 1914 エッチング
(オヴィディウス作)メタモルフォーズ アルベール・スキラ(ローザンヌ) 1931
フェルナン・レジェ (ブレーズ・サンドラール著)世界の終り ラ・シレーヌ(パリ) 1919 ステンシル
マックス・ベックマン (カシミール・エートシュミット著)侯爵夫人 グスターフ・キーペンハウアー(ワイマール) 1913 エッチング
アンリ・ローランス (レモン・ラディゲ著)ペリカン家 ギャルリー・シモン(パリ) 1921
ジュール・パスキン (シャルル・ペロー著)灰かぶり姫 M-P トレモア(パリ) 1929 エッチング、アクアチント
モーリス・ド・ヴラマンク 消息 ギャルリー・シモン(パリ) 1921 木版
エルンスト=ルドヴィッヒ・キルヒナー (ゲオルク・ハイム著)影のいのち クルト・ヴォルフ(ミュンヘン) 1924
ジョルジョ・デ・キリコ (ジャン・コクトー著)神話 デ・カートル・シュマン(パリ) 1934 リトグラフ
ジョルジュ・ルオー 流れ星のサーカス アンブロワーズ・ボラール(パリ) 1938 エッチング、アクアチント、模刻木口木版(オーベールによる)
マルク・シャガール (マックス・ジャコブ他著)七つの大罪 ハモン KRA 1925 エッチング、ドライポイント
アンリ・マチス ジャズ テリアード(パリ) 1947 ステンシル
(ステファン・マラルメ著)詩集 アルベール・スキラ(ローザンヌ) 1932 エッチング
シャルル・ドルレアン詩集 テリアード(パリ) 1950 リトグラフ
ロンサール恋愛詞華集 アルベール・スキラ(ローザンヌ) 1948
ファン・グリス (ガートルード・スタイン著)妻として牝羊を飼うという結末の本 ギャルリー・シモン 1926
ジャック・ヴィヨン (アンドレ・フレノー著)ブランドブールの詩 ヌーベル・ルヴュー・フランセ (1947) エッチング

作者名 書名 出版者 出版年 技法
マックス・エルンスト (バンジャマン・ペレ著)可愛い牝羊 プルミエール(パリ) 1949 エッチング
長谷川 潔 竹取物語 ソシエテ・デュ・リーヴル・ダール(パリ) 1933 ビュラン
ヘンリー・ムア (ウォルフガング・ゲーテ著・アンドレ・ジード訳)プロメテウス アンリ・ジョンキェール、P.A.ニケーズ(パリ) (1951) リトグラフ
ル・コルビュジェ 直角の詩 テリアード(パリ) (1955)
ジャン・アルプ 夢と構想 カート・ヴァレンティン(ニューヨーク) 1952 木版
ホアン・ミロ (ポール・エリュアール著)如何なる試練にも耐えて ジェラルド・クラマー(ジュネーヴ) (1958)

見えない敵−−伝染病
作者名 作品名 制作年 技法 寸法(cm)
ジェンティーレ・ベリーニ ペスト患者を訪れる医者 1493 木版 29×20.7
マルカントニオ・ライモンディ ペスト(ラファエルの原画による) 1554 銅版 19.8×25.4
トマス・ローランス 悪寒と発熱 1792 カラー・エッチング 44.8×61.5
デプゥィユ(出版業者) 種痘の起源 制作年不明 カラー・エッチング 19×26.1
種痘、或は流行の接種 20×24.8
作者不明 医者と争う牛痘 18世紀 24.1×32
アイザック・クリュイクシャン(原画による) 黄熱病のジョン・ブルを救うサングラド医師 1803 18.9×24.4
T.ウエスト インフルエンザ氏へのご挨拶 1803 24.6×34.5
ジェイムズ・ギルレイ 牛痘または新しい接種の怖るべき効果!反種痘協会の出版物をご参考に 1809 カラー・エッチング、ソフト・グラウンド 25×35
ルイ=レオポルド・ボアイ 種痘、医学博士ペドロ氏に捧げる 1824 カラー・リトグラフ 41×51.6
種痘 1827 31.4×23.1
ウィリアム・ヒース ばけものスープ…… 1828 カラー・エッチング 28.6×40.6
死の床に横たわるヤブ医者の告白 制作年不明 43.7×29.2

作者名 作品名 制作年 技法 寸法(cm)
フランツ=ブルクハルト・デールベック コレラ予防の服装をした婦人 制作年不明 カラー・エッチング 27.7×22.8
コレラ予防の服装をした男 28.7×22.3
オノレー・ドーミエ 疫病の犠牲者 1840 木口木版 22.5×14.6
アルベール・ベスナール 悲惨 1886〜87 エッチング 43.7×33
ラモン・カサス 梅毒 1895 カラー・リトグラフ 76.9×33.9
作者不明 パリ祭(コレラ犠牲者のために) c.1895 リトグラフ 63.8×41.6
アルベール・フェーブル 結核の日 c.1918 80.4×123.6
ジョデレ 死へのコース c.1926 61.3×81.9
ルシアン・レヴィ=デュルメル 結核の日 c.1930 117.2×83.9
テッド・デイヴィーズ 病気 1962 色刷木版 45.7×30.2
ユージン・リチャーズ 化学療法 1979 ゼラチン−−シルバー・プリント 35.2×27.6

新聞雑誌関係記事
毎日/5月29日
読売(夕)/5月29日(加藤類子)、5月30日、6月21日(杉本秀太郎)
サンケイ/5月31日
京都/6月8日
新美術新聞/5月11日
京都画廊連合ニュース/1985年6月号、No.123
TBSテレヴィジョン/6月16日「美を求めて」
芸術新潮6月号「展覧会案内」
季刊『みずゑ』夏、No.935号「近代の插絵」(加藤類子)

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