コレクション・ギャラリー

平成30年度 第3回コレクション展

会期

2018(平成30)年8月4日(土)〜10月8日(月)

主なテーマ

展示作品

山口華楊特集ー新収蔵作品を中心にー (〜8/26まで)

 明治32(1899)年京都市に生まれた山口華楊は、優秀な友禅染め職人であった父や、やはり日本画家になった兄の影響で幼い頃より絵を描くことを好み、同45年動物画の名手・西村五雲門下に入る一方で、大正5(1916)年京都市立絵画専門学校(絵専)別科に入学し、さらに研究科に進学します。学校では、伝統的な筆による写生だけでなく、洋画家太田喜二郎から鉛筆でのスケッチを学びました。また、病弱であった師五雲のすすめにより、竹内栖鳳塾の研究会竹杖会に参加員として出席してもいます。在学中、第10回文展に初入選した後は、途中国画創作協会に出品して落選したこともありましたが、昭和2(1927)年、同3年と帝展で2年連続特選となるなど、以後官展系展覧会を中心に活躍。師五雲や栖鳳から受け継いだ円山・四条派の写生の伝統に、絵専で学んだ近代西洋画や革新的な日本画の知識を取り入れて近代の花鳥画を産み出し、《黒豹》に代表される、近代的な構成を持つ独自の動物画を完成させました。他方では、大正11年から母校で教鞭をとるとともに、昭和3年師五雲亡き後の画塾(晨鳥社)を率いて、後進の育成にも力を注ぎ、両方の功績により、同56年文化勲章を受賞しました。本特集では、2016年度に華楊のご遺族様よりご寄贈いただいた本画2点と本画制作に至るまでの過程を示す下絵や素描、それに昭和18(1943)年海軍省派遣画家として従軍した折に南方で描いたスケッチを中心に、これまでにご寄贈、ご寄託いただいたり収蔵したりした作品を加えて展示いたします。

山口華楊、日向、1949年
山口華楊《日向》1949年

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水に映る影、水の戯れ

 東山魁夷展にちなみ、水辺の風景を描いた作品を特集します。
 クロード・モネをはじめとする19世紀フランスの印象派の画家たちは、陽光のもとで移ろいゆく自然の姿を瞬間的にとらえて描こうとしました。時間の経過とともに変化し続ける水面の光と色彩は、彼らにとって格好のモチーフとなり、さまざまな実験的な表現が生み出されました。風景が水鏡に映り込むシンメトリーの画面構成や、波の振動を表す細かい筆致など、水の表現には画家・写真家それぞれのこだわりが見て取れます。
 写実的な描写のほかに、抽象化された水あるいは水辺の表現にも注目してみましょう。短い水平線と垂直線の組み合わせから成るピエト・モンドリアン《コンポジション》では、埠頭や海景の連作を手がける過程で、単純化された黒い十字線による画面構成へと至ります。この作品では、自然の形態を幾何学的要素へと還元することで、目に見えない水のたゆたいや自然の秩序が表現されています。戦後のアンフォルメル絵画を牽引した堂本尚郎は晩年、モネの《睡蓮》さながらに蓮池をモチーフに取り上げ、水面の光の反射を瑞々しく描いています。いつの時代も水の反映を描写することはアーティストにとって魅力的なテーマなのかもしれません。

太田喜二郎、水辺の街、1908-13年
太田喜二郎《水辺の街》1908-1913年

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民藝運動の作家たち

 近代日本を象徴する工芸運動である民藝運動は、近年、「生活」に根ざしたその価値が問い直されるなど、今日でも強い影響力を有しています。この運動の特徴は、無名の工人らが製作した日常の雑器(民衆的工芸)などの中に健康的な美を見出し、その特性を言語化することで、近代の「美術」とは異なる美の体系を作り上げたところにあります。その中心となるのが思想家の柳宗悦、陶芸家の河井ェ次郎や濱田庄司です。彼らは大正15(1926)年に「日本民藝美術館設立趣意書」を刊行しますが、近代工芸の先駆者である富本憲吉もここに名を連ねていました。また、民藝の思想形成に大きな影響を与えた一人に英国人のバーナード・リーチがいます。こうした民藝運動に関わった作家たちは西洋近代美術に見られる作者の個性と創造性のあり方への理解を深めつつ、無名の工人たちの残した仕事を対峙させることで、自らの美意識を確立していきました。民藝運動は多くの共感を呼び、木工の黒田辰秋や型染の芹沢_介など、後に近代日本を代表する工芸家となる優れた工芸家も同人となります。なお、黒田や青田五良は、昭和2(1927)年に結成された上加茂民藝協團のメンバーです。この協團は中世ヨーロッパのギルドに倣い共同生活・共同作業を通じて、生活と美を生み出すことを目的とした民藝運動の実験的工房でした。結局、わずか2年で解散することになりますが、こうした経験を通じて、民藝という土壌から養分を蓄えて個人作家として大きく羽ばたいていくのです。

浜田庄司、飴釉十字文大鉢、1955年
浜田庄司《飴釉十字文大鉢》1955年

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