[特集展示] 「絵画」の発見−フランス近代絵画の展開


期間
2014年9月3日(水)〜 11月30日(日)

展示作品
「絵画」の発見−フランス近代絵画の展開 展示目録

オディロン・ルドン
《若き日の仏陀》1905年

 19世紀後半は、芸術にとって激動の時代でした。ドイツの美術批評家ユリウス・マイアー=グレーフェは次のように述べています。「…我々の今日の芸術には次のような痛ましさがある。つまり芸術と目的の間の確固とした関係は欠如し、制作者と受容者の間の密接な関係も不可能となっている。芸術家がそのようなことを追求しないからだが、それは何よりも、芸術家が創り出す作品が、いったい誰の、そして何のためのものなのかを、芸術家自身がだいたいにおいて理解していないことに因る。」
 市民革命や産業革命を起因とする社会の変化にともない、芸術、ここでは特に絵画を取り巻く環境も大きく変化しました。これまでは、歴史や神話を主題に据えた絵画や社会的地位のある人々の肖像画が最も権威あるものとされ、作品は屋内外での綿密なスケッチをもとにアトリエ内で仕上げられてきました。しかし絵画の受容層が貴族や教会から市民階級へと拡がるにつれ、彼らの生活や自然など、より身近なものを主題として選び、それを見たままに描こうとする傾向が台頭してきます。それが、ギュスターヴ・クールベに代表されるレアリスム(写実主義)の絵画です。
 見たままに描こうとすることは、必然的に作品の仕上げの場であった画家のアトリエを戸外へと開くことに繋がります。その先駆者がブーダンであり、その助言を受け、戸外で作品を仕上げることに邁進したのがモネでした。見たままに描こうとすることは、また、作品の主題以上に「何が、どう見えているか」を重視することに繋がります。この視覚重視の傾向は、光の移りゆきを画面に捉えようとするモネやルノアールなど印象派の画家たちや、光を工学的に分析して点描画法を考案したスーラやシニャックなどの新印象主義の画家たちの関心として立ち現れてきます。見たままに描こうとすることは、さらに、「何が見えないか」を意識することにも繋がります。その目に見えない世界を象徴的・寓意的表現で描き出そうとしたのが、ルドンなど象徴主義の画家たちでした。
 絵画をめぐるこのような劇的な変化は、「絵画」の存在・意義そのものを再考する契機ともなりました。ボナールやヴュイヤールとともにナビ派を結成したモーリス・ドニは、19世紀半ばからの絵画表現の変化を総括して、次のような有名な言葉を残しています。「絵画作品とは、裸婦とか、戦場の馬とか、その他何らかの逸話的なものである前に、本質的に、ある一定の秩序のもとに集められた色彩によって覆われた平坦な表面である。」ドニのこの考えは、20世紀の絵画表現に関する問題意識に深く根を下ろし、三次元立体を見る複数の視点を二次元平面内で表現しようとしたピカソらによるキュビスムや、色彩を主題との関連からではなく画家の内的感覚に従って用いようとしたマティスらのフォーヴィスムへと受け継がれていきます。
 以上のような「絵画」の再発見とも呼ぶべき現象は、19世紀後半以降ヨーロッパ各地で見いだせますが、その中心地はパリでした。この街の圧倒的な芸術的活力に惹かれ、様々な文化背景を持った多くの画家たちが世界各地から集まり、パリにおける芸術の展開をより実り多きものにすることに寄与しました。今回の特集展示では、19世紀半ばに詩情豊かに市井の風景や人物を描いて印象派に影響を与えたコローから、20世紀の大戦間にパリに集った外国人画家、モディリアーニやシャガールなどエコール・ド・パリの画家へといたる、フランス近代絵画の豊かな展開の一端をご覧いただきます。


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