病みカワイイ

グラビア的にかわいいのではないし、アイドルのような男の妄想への添い寝プレイとしてのかわいいでもない。セックスアピールとはほど遠い雰囲気だけれど、アイドルの偽処女性をまとっているわけでもない。そういう「ネオカワイイ」とか「病みカワイイ」とか呼ばれる女の子たちがいることを数年前に知った。

いわゆる「かわいい」という感覚を探っていくと、イノセントな見かけの奥に、「男のひとはこういうのが好きなんでしょ」という求愛戦略のようなものが見え隠れする瞬間があって——かつてはそれが「ぶりっ子」だったのかもしれないが——かわいい=子供っぽいとも、性差のない嗜好だとも限らない気がする。「ネオカワイイ」子たちは、そういう既存の「かわいい」とは少しねじれた、すぐそばにある別次元に生息する生きものであるように見えて、興味を惹かれた。この子たちはどんな日常を送っているのだろう。どんなオトナになりたいのだろう。

かんだ♡みのり:
もう10年近く前から定点観測のように、撮影を続けている女の子がいる。「かんだ♡みのり」というアーティストネームを持つ彼女と出会ったのは2010年だった。

当時、東京藝大の先端芸術表現科に通っていたみのりさんは、学校から近い取手のマンションで、大好きな楳図かずおの「ピョン子ちゃん」のコスプレで僕を出迎えてくれた。高校1年生のころに、「そのころ流行ってたメイド喫茶に感化されて、かわいいなあって」メイドのコスプレをしてみたのが始まりだという。

それからちょうど1年くらい経ったころ、みのりさんから「学校を休学して実家に戻ってるんですけど、部屋が大変なことになってるんです!」と連絡をもらい、お邪魔してみたところが、ほんとうに大変なことに! 部屋中がくまちゃんだらけで、収まりきれないくまちゃんがリビングルームにもあふれ出して、オモチャ屋の倉庫みたいになっている。

どうしたのこれ?と聞いてみると、「実はこのくまちゃん全部、1週間ぐらいで集めちゃったんです!」という驚愕の事実が発覚。実はみのりさん、人格障害系の病気で体調を崩してしまい、現在は大学を休学中。お医者さんによれば、極端な収集癖というのも人格障害の特徴らしい。

それから2年経った2013年、またも「部屋が一変したので」と報告を受け、恐る恐るうかがってみると、たしかに様相一変! くまちゃんの代わりにいたのは松田聖子や戸川純や綿の国星だった。

そうしてまた月日は経ち・・・・・・2016年になって「結婚して引っ越したので!」とお知らせが来て、新婚の部屋にお邪魔した。みのりさんは以前、『ピンクに死ね!』と題したパフォーマンス・イベントを主催していて、まさしくそこはピンクに溺死した感じの空間。いったいどういう男性が、こんな部屋で快適に暮らせるのだろうと思っているうちに、にこやかに登場した新郎は43歳。かんだ♡みのりさん、25歳。ペキニーズの「しもふり」1歳、エキゾチックショートヘアの「うに」4ヶ月。新婚夫婦と犬と猫に囲まれて、ピンク色のハレーションに目がくらんだ。

会うたびに前とちがう。そういうふうに変化し続ける人間を、ひとは「不安定」と呼ぶ。でも、変わり続けることはそんなに悪いことだろうか。ましてや、その芯にもしかしたら自分だけに理解できる「カワイイ」感覚を保っていられたら。

NESIN ネ申/ITAZURA 高円寺:
高円寺駅南口を出てすぐ、エレベーターがない雑居ビルを4階まで上っていくと、そこはいきなりピンク色の混沌が渦巻く、店だか物置だかインスタレーションだか判別不可能な過密空間だった。『ITAZURA 高円寺』というその店のサイトにはこうある——

ダサいを越えた処にあるイケてる&可愛いのQ領域。自由で力の抜けた地べたに座れるネオウェーブ感、ダサい古着と【神様ごっこ】だらだら全く進歩もせずに気付いたら5歳…メイクザカオス 古着 神様ごっこ パーフェクトプラン おやすみ依存 はつ恋 はあとぶれいく タラッタ 櫻胃園子 夜は更に透き通る おしゅしシール  アクセサリー温泉 くまめグッズ andmore….

この説明(?)で『ITAZURA』の雰囲気を思い描けるひとが、どれくらいいるだろう。古着を通り越してゴミにしか見えないものがあるかと思えば、白地に「ねむいの」という文字をプリントしただけのオーバーサイズTシャツに6800円とかの値段がついていたりする。かわいくもあるし、グロテスクでもあるし、サイケデリックでもあるし、病的でもあるし、明るくも不健康でもある。恋の匂いはどこにもないけれど、性の臭いはどこかにするかもしれない。

『ITAZURA 高円寺』は原宿『NESIN ネ申』をはじめ、いまでは系列店をいくつも抱えるグループが運営する店舗である。

「渋谷×原宿×秋葉原」を唱える渋原(渋谷-原宿間)にあるインターネット⇔リアルを往復する全ての感覚と記憶を搭載した新型ハッピー知能

を自称する『NESIN ネ申』は『魔法祭』というイベントも定期的に開催していて、都心の隙間の小さな空間とSNSをシームレスにつなぎながら、新種の少女や少年たちを培養中だ。

その日、店番をしていたのは「野苺うさぎ」ちゃん。『ねごと!TOYDOLL』という地下アイドルグループのメンバーでもあるうさぎちゃんにお願いして見せてもらったアパートは、店に負けず劣らずピンクのハレーションを起こしそうな部屋だった。

ぬいぐるみだらけではあるけれど、キティちゃんやディズニーグッズが整然と並ぶような「かわいい部屋」とは、明らかに空気がちがう。子どもっぽく見えるけれど、明らかに子どもではない「一線を越えた」ヘヴィな感覚が漂う。それはいったいなんのか。

ITAZURA 高円寺

撮影協力:サイトウケイスケ

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