ベイビーたちのマッド・ティーパーティ

『下妻物語』でフィーチャーされたロリータ・ファッション・ブランドが「ベイビー・ザ・スターズ・シャイン・ブライト」。いまや全国はもちろん、世界各地に店舗をオープンさせている。世間的に話題に上ることは少なくなっても、世界的なレベルでは「ロリータ・ネバー・ダイ!」なのだ。

そのベイビーが2014年10月19日、新装なった東京ステーションホテルで「お茶会」を開催した。参加費用1万7000円(ただしフルコースの食事にたくさんのお土産つき)、120名の席が予約開始10分間で完売。このお茶会に出席するために、外国から来日したファンもいる。

ベイビー・ザ・スターズ・シャイン・ブライトが生まれたのは1988年のこと。礒部明徳・フミ予夫妻で始めた小さなブランドで、最初は「ごくふつうのアパレル」だったが、10年ほど経った1997~98年ごろから、現在につながるロリータ・ファッションになっていく。

当時はいまみたいにネットが発達してませんでしたから、「(原宿駅前の)神宮橋に行けば、同じ趣味の子に会える」という感じでした。そんなふうにロリータが好きな子たちが集まって自分たち、ショップごとに開いてたのが、もともとの「お茶会」なんです。

それはもう、ベイビーがいまのようになってからずーっとですから、ある意味お茶会は、このファッションにひっついてる文化なんですね。

飲み会じゃなくて、お茶会・・・。そんなふうにファンや各地のお店が開いていた小さなお茶会を、磯部さんたちがみずから企画するようになったのは、2011年から。きっかけは、ファッション業界全体を直撃した2008年のリーマン・ショックなのだという。

やっぱりうちもリーマン・ショックで影響を受けて、それでなにかやりたいなと思ったときに、ファンの集いとファッションショーを兼ねたお茶会をやったらいいんじゃないかと。それで最新の商品を見せられるし、ファン同士の交流も深められるし、ファンにとっては憧れの読者モデルさんたちと写真撮ったりもできるし、自分のコレクションのお披露目にもなりますしね。

コアなベイビー・ファンが「本部お茶会」と呼ぶ、大掛かりなお茶会の第1回目が開かれたのは2011年2月。場所は目白のフォーシーズンズホテル椿山荘だった。ちなみにそれから今回までの「お茶会タイトル」を並べてみると、ベイビーに馴染みのないひとでも、そのテイストがよくわかる――

2011年 フォーシーズンズホテル椿山荘
「お城のお庭で。3月を待てないうさぎさんと、ロココなお姫様たちとのお菓子なお茶会」
2011年 フォーシーズンズホテル椿山荘
「~ほんとうの乙女のために~ホシノナミダヒメが叶えてくれる 魔法のお茶会」
2012年 ディズニーランドホテル
「~アリスさん達、秘密の鍵はもちましたか?~ MAGICAL MYSTERY TEA PARTY」
2013年 東京港日の出埠頭・クルーズ船シンフォニーモデルナ
「~11月の海の上で~少女達の出会いと 記憶に残る幸福なとき」
2014年 東京駅ステーションホテル
「~いつか見た夢の宝物を探して~子猫がみつけたTime Travel Station」

ロリータにぴったりの空間で、目一杯おしゃれして、まわりも全部、自分と同じ趣味の仲間に囲まれて、間近でファッションショーを見て、かわいらしい食事を楽しんで、思う存分記念写真も撮って。『下妻物語』の龍ヶ崎桃子みたいに、とりわけ地方の片隅で、いまだに奇異な目で見られながら、ひとりぼっちのロリータ・ワールドにまっすぐ生きている子にとって、それはどんなに特別な時間だろうか。

お茶会には女装子さんたちもさらっと混じっている。磯部さんによれば、

実はベイビーって昔から女装子率が高かったんです。いろんなサイズのひとに着やすいように、見えないところでゴムを使ったりしてるので、大きめのサイズのひとにも着られて、それが女装子さんにもちょうどいいし、結果的に海外のひとにも着やすかったんですね。

かつては「男の人がいるなんて!」と、女装子さんすら一緒にいることを嫌う「ロリータ原理主義」の子がけっこういたそうだが、いまは性別も、国籍も関係なく、ロリータの世界観を愛するひとたちがみんなひとつになって、この場所でつかの間の時間を楽しんでいる。パーティが終わって、ここから一歩外に出れば、またそれぞれの暮らす場所で、マイノリティである日常が待っているのだろう。

『不思議の国のアリス』のなかで、ハートの女王の怒りを買った帽子屋たちは、時間が止まったまま、終わりのない「きちがいお茶会」を続けている――

あんたは、『時間』に話しかけたことさえないにちがいないんだ!・・・・・・『時間』は、ぶたれるのがいやなんだよ。いいかい、『時間』とは、なかよくやってさえいれば、時計に対するたいていの頼みはかなえてくれるんだ。たとえば、いまが朝の九時で、ちょうど勉強を始める時間だとしてみようか。そのとき、『時間』に、ほんのちょいと耳うちしさえすれば、まばたきひとつするうちに時計はぐるりとまわる! 一時半の昼食の時間になっているというぐあいだよ・・・いくらでも好きなだけのあいだ、一時半にしておくことができるんだよ。
(『不思議の国のアリス』福島正実訳、角川文庫)

はるか彼方の、幻想のマリー・アントワネットの世界を夢見ながら、『時間』に囁きかけて、時の止まった世界に生きようとする女の子たち、女の子のこころを持った男の子たち。ふわふわのコスチュームにくるまれた奥にある、だれにもさわれない硬質の結晶が、世間には見えていない。

それはフリルとレースをまとった、完璧なパンク・スピリットなのだ。

BABY, THE STARS SHINE BRIGHT

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