北九州市成人式

福岡市に次いで県内第2、そして九州でも第2の人口と経済規模を誇る北九州市。近年は暴力団排除条例がらみで物騒なイメージが先行してしまっているが、もともと港湾都市の門司、石炭積出港の若松、軍都の小倉、八幡製鉄の八幡に戸畑と、国内有数の規模を誇る産業を持つ5市が合併しただけに、潜在的なパワーはかなりのもの。それぞれキャラが強いだけに、市としてのイメージがまとまりにくいきらいはあるが、九州全域でも最重要都市のひとつであることは間違いない。

2014年1月12日の朝、北九州市の中心である小倉の、北九州メディアドーム前は異様な熱気に包まれていた。パンチパーマと並んで(!)小倉が発祥地である競輪用のレーストラックを備えたこの多目的ドームで、2014年度の成人式が開催されるのだ。

毎年、成人の日が近づくと「どこの成人式は荒れる」とか「暴走族が騒いだ」とか、お決まりの話題がマスコミを賑わすが、小倉の成人式はその絢爛豪華にして独創的な衣裳で、ここ数年かなりの注目を集めるようになってきて、僕もようやく現地入りできたのだった。

式典開始の午前10時前から、ドーム前の広場は人、人、人、色、色、色で埋め尽くされる。カラフルという言葉ではとうてい追いつかない、彩度マックスの色見本がぶちまけられた、巨大なパレット状態だ。

全身金色の羽織袴の男子軍団がいる。キャバ嬢のように盛り盛りのヘアに、極彩色の振り袖に、さらにラインストーンを貼りつけた娘がいる。帯を前で結び、両肩をぐぐっと思い切りはだけた「花魁ふう」で、寒さに鳥肌を立てている子もいる。

車道では真っ白なストレッチリムジンや、貸しきった観光バスからハコ乗りで半身を乗り出したヤンチャものたちが歓声を挙げ、それをガードマンたちが必死に追いかける。そういうあいだをテレビカメラや、新聞雑誌のカメラマンたちが右往左往、新成人たちは缶ビールを空けては握りつぶし、タバコをふかし、久しぶりに会う同級生とハグしあったり、互いの晴れ姿を携帯で撮影しあったり。

気がついてみれば式典はとっくに始まっているのだが、この、つかのまの祝祭空間を離れがたくて、「早く受付してください~!」というガードマンの声にも耳を貸さず、自分たちだけの時間を楽しんでいる新成人がたくさんいる。

すごい、ここは。音楽のない野外フェスのようだ。リーダーもない、規則もない、競争も勝ち負けもない、21世紀の傾奇者たちの勝手気ままな祭りのようだ。

こういうのを見て、オトナたちはまた眉をひそめるのだろう。お調子者とか、馬鹿騒ぎとか、田舎者とか、九州の恥とか、そういう言葉でひとくくりにしてしまうのだろう。でも祝祭空間の真ん中に立つ僕に、この場所は、お仕着せの伝統的な成人式衣裳を着せられて、お行儀よく政治家や役人の挨拶を聞かされるどっかの成人式より、はるかに自由で、エネルギッシュで、独創的に思えて仕方がなかった。

こんなふうに個性的な成人式シーンが北九州の地で花開いたのは、実はここ10数年のこと。そのシーンを担ってきたのが、レンタル衣裳と写真館を兼ねる『小倉みやび』だ。女の子の衣裳はさまざまな店からのレンタルがあるが、男の子の派手な衣装はほぼ『みやび』という、その小倉本店に成人式のあと寄ってみた。

店内を覗いてみると、地味な洋服姿の中年女性が数十人、畳のフロアにぐったり座り込んでいる。新成人の帰りを待つお母さんかと思い、スタッフの方にうかがってみたら、なんと着付けの先生たちだった。成人式の当日はここ、みやび小倉本店に、午前1時半くらいからお客さんが続々来店、午前5時にはすでに100人ほど、成人式開始までには400人くらいのお客さんをさばくそうで、そのために着付けの先生も50人近く駆り出されているのだとか。

趣味の写真で生活したくて自力でスタジオを立ち上げ、いまでは『レンタルコスチュームみやび』と、撮影の『アートイン写観(しゃかん)』を率いる船津敦さんのお話によれば——

ブライダルと成人式、このふたつは、式はしなくても写真だけは残しておきたいという、ニッチなニーズが昔からあったんです。成人式には参加しないけど写真だけ、披露宴はやらないけど写真だけ、というお客さんですが、そういう方たちはまず、写真館に相談に来るわけです。そういうときに、こちらに衣裳があればぐっと敷居が低くなるでしょ。

それで撮影用のドレスや振り袖を一点一点、少しずつ揃えていったのが、貸衣裳の始まりですね。そしたら衣裳が増えていくにつれて、どんどんスペースが必要になってきて、それまでの八幡のスタジオが手狭になったので、小倉に移ってきました。やっぱり小倉は、北九州でいちばんメジャーな場所ですし。お客さんも、衣装選びから始まることが多いので、増やしていかないとならないし。

それでいまから10年ほど前なんですが、成人式の時期に、男の子のお客さんが来て、派手な紋付はないのかと言うんです。うちにあるのを見せたけど、もっと派手なのがほしいと。普通のやつが着てるのじゃなくて、頭ひとつ抜けたいんだって。

それでいろいろ見本を見ながら相談を始めたんですが、やっぱり別注だからお金かかるでしょ。そのころのレンタルの常識の、3倍ぐらいかかるよって言ったら、「無理します!」って言うんです。19歳の男の子がですよ(笑)。

で、こっちも意気に感じたというか、「赤字だけど、やっちゃおう!」と。何度も京都に通って、従来にない生地を探してもらって、縫製の丈や形も変えて、普通の紋付きよりゴージャスな、迫力の一着を作ったんです。白地に金柄が入って、丈はぐっとロングで、背広みたいなセンターベンツで・・・・・・。それは大変だったけど、おもしろくもあったので、そういうお客さんにはこれから、否定するんじゃなくて前向きに対応しようと。

だからいまの派手派手なのや、花魁スタイルみたいな着方もこちらの提案じゃなくて、お客さんの要望なんです。花魁については映画の『さくらん』が起爆剤でしたね。とんがった女の子が「花魁やりたい」って言ってきて。

いまの子たちはいろんな情報を持ってますし、独自のファッションセンス、メイクのセンスを持ってますよね。だからオトナが「こうあるべきじゃないか」と言ったって、若い子たちのこだわりとはすごくジェネレーション・ギャップがあるんです。それを従来の写真館や衣裳屋さんはわからないから、お客さんから新しいニーズが来ても、対応してあげないんですね。昔からのスタイルを守るだけなんで、着物も従来どおり、写真もレトロになっちゃうんですよ。

メディアドームで撮影したときは、もちろん本人に「写真撮らせて」と頼んでシャッター押すのだが、付き添いのお母さんとお話する機会もけっこうあった。ものすごい格好をした息子や娘を前にして、お母さんたちの反応は「困ったもんで」の苦笑ではなくて、100パーセント「いいでしょ!」という肯定&応援の笑顔。なかには子供よりお母さんのほうが熱くなってる場合もあって、ヒップホップふうに言えば、すごくいいヴァイヴスが流れていた。

成人式の翌日、小倉から博多に移動して、おしゃれなイベントスペースでトークをしたのだが、そこで少しだけ成人式の写真を見せたら、北九州出身の若者から「あんなの例外で、みんながそうなわけじゃないですから!」と抗議された。じゃあ、どれくらいの割合なの?と聞き返したら、「う~ん、6割ぐらい」。6割って!

銀座や表参道でもない、ミニ表参道みたいな博多でもない、やっぱり最先端は北九州のような、トップが上から目線で見下す場所にある。トップの場所にいるから、メディアにはそれが見えない。でも、メディアが見ていなくたって、時代は変わっていく。

小倉みやび

都築響一(選)《ニッポンの洋服》テキスト完全版